花を買おうというはなし 秋祭り
今日は花を買う予定ではなかった。
会社の方面で秋の商店街祭りがあることを二年目にして知って、どれ楽しみに行こう、と、揚々と仕事を終えた。
なかなかお祭りなんて行かなくなってしまったので、スーツなのが勿体無いなあ、なんて思いながら、パンプスで靴擦れしないことも祈りつつ。いつも通りゆっくりした歩調で向かった。
歩き進むにつれて家族連れや恋人同士のような二人組、中高校生のグループが増えて、ああいいな、これこれ、ワクワクが膨らんでいく。あまり普段は踏み入らない商店街が、おそらくそのいつもよりキラキラした雰囲気を持って迎えてくれた。
「おお…」
出店の多さに圧倒される。お好み焼き、野菜の素揚げスティック、やきとり、なんでもござれ。
これは食べまわり甲斐のある。しかし今日は仕事用の格好なので、おなかまわりがきつめのスカートなのが心配…数を決めよう。
ひとつ、ふたつくらいかな。カロリー許容量には許してもらって、美味しいものを食べる。よし。
「あれ、伊織屋さん」
ふっと隣をよぎった人に名前を当てられてぎょっとし、勢いよく振り返った、そこには、同期の男性がいた。
「加奈原さん…こんばんは」
隣の部署に異動した彼は、挨拶をすると、どことなく驚いたみたいな顔をしてから、こんばんは、返してくれた。
私より頭ひとつ以上は大きな背をかがめて、周りに大きな音があふれているからか、比較的大きな声で話しはじめてくれた。
「伊織屋さん、お祭りだって知ってたんですか?」
「はい、今日教えていただいて」
「自分もそうなんです。周りを誘ったんですけど、みんな、早く帰りたいと言って振られてしまって」
「ふふ」
小さい子がだめだよと言われたような心もとない表情をして、肩をすくめた加奈原さんは、会社で見かけるよりずっと同年代だと思わせてくれる。いつものかおは仕事用なのだろうか。こちらの方が馴染みやすい印象だ。
クスクスとした私に、加奈原さんは、なにが面白いのかわからなさそう。
ああ、そうだ。と、彼は思い付いたように言った。
「よければご一緒してもいいですか、どうしても、あまり慣れないところは緊張してしまって」
「ええ、と」
こちらとしては、慣れない人の方が緊張してしまって、落ち着かないのだけれど………うん、でも。
「私でよければ」
悪い人では決してなさそうなのもあって、良い、と思った。加奈原さんのありがとうにはなんの含みもなさそうであったし。
ひとりよりふたりの方が楽しい。お祭りってそういうものだ。
流される人波の中でゆっくりとしか歩けない私に合わせ、時折ぶつかりそうになるのを庇ってくれる。屋台を見つけた私に素早く気付いて留まるよう訊いてくれる。
おかげでなんだか、思った以上にスムーズにお祭りを楽しめてしまっていた。
加奈原さんはとても紳士的だった。
いつの間にかすっかり気持ちが緩んで、実は、なんてどうでもいい話までしている。
「本当は浴衣を着たかったんです」
「浴衣ですか」
「お祭りは、浴衣で行きなさいと、母が毎年浴衣を出しておいてくれていたんです。そのほうがずっと景色が綺麗に見えるからって。それに、耳元に必ずお花を飾ってくれました」
「お花ですか」
「そう、耳の上に、かける感じ」
セセリ焼きを頬張り、モグモグ、静かに咀嚼して、うーん、と、考える素振りをした加奈原さんは、口を開いて、あお、と言った。
「青色が似合うと思います」
「え?」
「このあたりにお花屋さんってあるかな」
訊いてきてもいいですか、と、私を覗き込む、のに、そらした。
多分私の顔色は赤い。
「…少し奥に歩くと、よく行く花屋さんがあるんです」
「本当ですか!」
まるで自分のことのように嬉しそうにするのは、何故なんだろう。
なぜ、なんて考えて、それを嬉しく思う私も、なんなんだ。
思考がぐるぐるしつつ、行きましょう? という加奈原さんに、はい、頷いた。ほおが熱かった。
人の流れが緩やかになって、屋台も途切れたところに、「花やはとり」はあった。
ガタリ、音の鳴る引き戸が開いて少しほっとした。夜なので閉じてしまっている可能性も考えていた。
「こんばんは」
「こんばんは…」
「いらっしゃいませ。ああ、伊織屋さん、こんばんは。本日はお連れさまも。花やはとりにいらしていただきありがとうございます」
しっかりと頭を伏せて、花盗さんはご挨拶くださった。加奈原さんもそれに返しお辞儀をする。なんだか妙にくすぐったく感じる。けれどここで慌てるのも違う気がしたので、倣ってゆっくりお辞儀をすることで深呼吸に代えた。
顔をあげると店主は、いつもの柔和な笑みでもって応えてくださった。
「本日はどんなお花をお探しですか?」
「青い花を…耳元に飾れるくらいのものをお願いします」
「承知いたしました。よろしければ腰掛けてお待ちください」
ことりといいおいて。奥にささと入って行く。その背中を見送って、歩き疲れたでしょうからどうぞ、加奈原さんに促された。
落ち着かない気持ちだったので、遠慮して立っていようかとも思ったけれど、せっかくなのであしを休めさせていただくことにする。たくさんの人間の温度が混ざって暑くて、秋といってもまだ夏に近くて、店内の冷房をありがたく思った。
なんとなく一瞬、間があいた。そのまま黙っていたけれど、加奈原さんも話し出すことなく。それでも空間に居辛さはなかった。
「お待たせしました」
奥の戸が開き、花盗さんがいらしたのがわかる。そちらを向くとはたしてその手には、可憐な青があった。
「こちら、アメリカンブルーになります」
「アメリカンとなると、あちらの国が原産ですか? それにしてはアサガオに似て…」
「はい、アメリカが原産の地です。ヒルガオ科のお花でして、形状が似ているのはそのためかと思われます。こちらのお花をお出しするのは…」
やわらかい視線が私をとらえ、その瞼がまた細められて。
「……理由は、ぜひお家に帰られたらお調べください。アメリカンブルー、検索。です」
いつもご説明くださる言葉は今日はなく、かわりにというように髪留め用のピンが一本、アメリカンブルーと共に渡された。
「ご入用かと思い、お持ちいたしました。お客さまにとご用意しているものなので、そのままお使い下さい」
つまり返却は無用と。いつもながら、おこころづかいに感謝するほかない。
「さあ、急がなければお祭りも終いになってしまいます。楽しんでらしてください」
その声に背を押されて、お会計も早々にお店を後にした。
軒先にて、ピンを使って、耳の上の髪に花を結びつける。なんとなく、私の頭ひとつぶんより上にあるかおを見上げてみた。
「似合っています。とても」
彼は、真摯に、褒めてくれた。なんのお世辞もないと。
わかるくらいにまっすぐな目だった。
戻ると秋祭りは佳境といったところで、盛り上がりを増していた。私がクレープを食べている間に加奈原さんは何種かしょっぱい系を食べていた。男の人ってよく食べるなあ。面白みのない、忌憚ない感想を口に出していたらしく、
「自分はまだ食べない方です」
なんて笑われてしまった。
笑顔が眩しいなんてはじめて思った。
そろそろいい頃合いだと時間を見て解散した。
また。は、また会社で、なのに。また、を期待してしまった。
家に帰り、すぐにスマートフォンで、アメリカンブルー、検索。をした。意味はすぐわかった。
そんなに私はわかりやすかっただろうか。
花言葉は「あふれる思い」。
「ふたりの絆」にもなればいいのに。
「…ありがとうございます」
おでこに機器を近づけて、祈るようにつぶやいた。
「花やはとり」は不思議なお店。常識なんて知らん顔、お客に花を選ばせたりしない。
でもそのかわりに一等いいものをくれる。
でも、想いへのきづきまでくださるなんて、知らなかった。
そういうお店と、今日の私の、そういう話。




