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花やはとり  作者: 雛芥子まとい


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3/10

花を買おうというはなし はれのひ



 花を買おう。

 あらかじめ決めていたことだけれど、心の中で再度、思いを確認すると、晴れやかな気持ちがさらに大きくなった。

 おろしたてのワンピース、お気に入りのミュール、控えめに化粧を施している、なんといっても今日は、とっても大切なお出かけなのだから。

 簡単な服装でいいよ、と言われているけれど、きっとみんなお洒落な格好をして、彼女を祝福する。始まる前から予想がついた。

 玄関から町へ出て、ゆっくり空気を味わいながら歩く。

 盛夏の陽の照りといったら朝から汗をにじませるほどで、町をゆく人々も、ハンカチを持っていたり日傘をさしていたりする。日に焼ける、とは思ったので、麦わら帽子をかぶってきて正解だった。麦わら帽子なんて、買ったのはいつぶりだろうか。思い当たらないけれど、そんな普段は手に取らないものに気が向くくらいには浮かれている自覚がある。ああ、なんて素晴らしい日。

 時間に余裕を持って出たので、のんびりと、時折、お店を少し見てみたりしながら、いつもであるが如く行き着いた「花やはとり」の引き戸を、ガタリ、と開けた。

「こんにちは」

「はい、こんにちは。伊織屋さん」

 和室には、本を片手に持って、正座をした店主の花盗さんがいらして、挨拶に柔らかな声でもって返してくださった。

「お待ちしておりました、時間にちょうどですね。今日は暑いので、冷やした麦茶をご用意しておきました」

「わあ」

 御膳のような例のアレには、美しく涼しげな青のグラスがひとつ、そっと佇んでいた。見た目にも嬉しい。暑いなかの素敵なこころ遣いに、思わず頬が緩む。

「お上がりください」

「ありがとうございます…私、裸足なのですが、大丈夫ですか?」

「勿論です」

「では、お言葉に甘えて、失礼します」

 ピンクの華やかなミュールを横えてしまわないように綺麗に脱ぎ、上がらせていただく。

 花盗さんは見届けて、

「ただいま、お約束のお花をお持ちいたします。お飲みになってお待ちください」

 いつもの静かな足取りで、奥へと入っていった。

 グラスをもう一度しっかり眺めて、いただきますと、ひとくち、ふたくち、麦茶を飲んだ。麦の風味なのかな、甘さもほんのりあって、普段パックのもので作っているうちの麦茶とは、何かが違っていた。

 美味しいなあ。いつも出していただくお茶請けがないのもまた、ありがたい。

 良い気分に浸りつつあったところ、奥とこちらを仕切る引き戸をさっと開けて、花ははたしてやってきた。

 満開の、白い花が三本。綺麗なレース状の包装に包まれている。

「大きな花束とか、小さなブーケではないんですね」

「はい。お伺いしていたご要望に、この芍薬のお花があっていると思い、ご用意させていただきました。ご説明いたします」

 

 こちらの芍薬は、日本で言う「立てば芍薬」から始まる文言に含まれた有名な花です。文言にもある通り、立ち姿の美しいひとを例えて芍薬と言っております。

 他のお花と同様に、色別に花言葉がございます。

 白には「満ち足りた心」と。

 「幸せな結婚」とも言われます。

 先輩の立ち姿に、背中に憧れてきた、と、伊織屋さんはおっしゃられました。

 その方の結婚に相応しいお花かと思います。

 

「お世話になった方の、晴れの日ですから、包みもお家用とは違った雰囲気にいたしました」

「素敵です、先輩にとっても似合うと思います」

「それはよろしかったです」

「三本なのは、お相手の方と、おなかのなかにいる子のためですか?」

「その通りでございます。結婚、家族は、一人では成せないものですから。伊織屋さんも、そうお思いかと、勝手ながら感じましたのであえて、三本にいたしました」

 ふふ、と、思わず笑みをこぼしてしまった。なんて素敵な贈り物を用意していただけたのだろう。

 

 ゆっくりと、深くお辞儀をする。

 ずっと孤独を背負ってらした先輩の、幸せをなにより嬉しく思っている、自分をあらわしていただいた。

 

「ありがとうございます」

 

 深くお辞儀をする。パーティーを楽しんでいらしてくださいませ、と、店主は微笑んで送り出してくださった。

 それにまたお辞儀をし、暑い外をまた歩き出す。

 私はこれから身内ばかりのお祝いの場に、先輩の「大切な後輩」として出席する。お相手の方とは何度かお会いしたことがあって、こころくばりの素敵なひとだった。

 これから生まれる子もきっと、可愛い子なのだろう。

 素晴らしいはれの日。芍薬を受け取って改めて思った。

 しあわせでいてほしい。

 

「花やはとり」は不思議な花屋。常識なんて知らん顔、お客に花を選ばせたりしない。

 でもそのかわりに一等いいものをくれる。

 大切なひとたちのみちゆきを、あの背中のように真っ直ぐと見つめていく、浮かれただけでない花を。

 

 そういうお店と、今日の私の、そういう話。




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