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六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜  作者: 条文小説


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61/63

061 ~明応2年(1493年)10月 岡崎城~

挿絵(By みてみん)

 岡崎城おかざきじょう:三河国岡崎藩(現在の愛知県岡崎市康生町)にある「神君出生の城」。江戸時代、家康の生地として神聖視された。

 城の規模(江戸城、姫路城、熊本城に次ぐ全城郭中4位)もさることながら、舟運による交通の要衝として栄え、「五万石でも岡崎様は、お城下まで舟が着く」と歌われた、東海道を引き入れくねくねとした屈折の多い街道筋「東海道二十七曲り」と呼ばれた城下町が特徴。

 城下の防衛とともに、街道筋に多くの店舗が立ち並ぶことができ、経済効果も考えられたつくりとなっている。

挿絵(By みてみん)

 構造的にも岡崎城は「土の城」の到達点であり、同時に本格的な「石垣の城」の出発点となった。

 岡崎城の周辺では、石垣を築くのに適した花崗岩が豊富に産出する。最も古い石垣は石材を山からそのまま運んできて積み上げた「野面積のづらづみ」だが、次第に石材を適度な形に割って積む「割石積わりいしづみ」や、割石をさらに加工した「切石積きりいしづみ」へと発展していく。石垣の発展過程を知ることができるのも岡崎城の大きな魅力の一つ。

 石垣づくりがひと段落した1600年代後半には石灯籠などの石工業が盛んとなり「石都せきと岡崎」と呼ばれるようになった。出典:愛知県岡崎市公式観光サイト

    ~明応2年(1493年)10月 岡崎城~



 井田野の野は、すでに戦場としての役目を終えていた。


 軍勢が引き、踏み荒らされた地面が露わになるにつれ、そこに残されたものが次々と浮かび上がる。折れた槍、転がる兜、血を吸った草の黒ずみ。だが、それらはもはや勝敗を左右する要素ではない。勝敗は、すでに決していた。


 松平 親忠(ちかただ)は、馬上から一帯を見渡し、短く息を吐いた。


 敵は崩れている。中条・山中・西郷の連合勢は、統制を失い、散り散りに退いていった。もはや陣を立て直す力もなく、ただ生き延びるために山へ、森へ、川へと逃げ込んでいる。


「追うぞ。」


 親忠の声は低く、しかし迷いがなかった。安祥松平家の当主として、この局面で取るべき行動は明白だった。


 敵を逃がせば、再び刃を向けてくる。三河という土地は狭く、恨みもまた濃い。ここで徹底的に叩き、芽を摘まねば、いずれ後悔することになる。


 配下の将たちも、その判断に異を唱えなかった。むしろ、多くは内心で安堵していた。勝ったとはいえ、合戦の後に敵を取り逃がしたという汚名は、武家にとって致命的になり得る。追撃は当然、むしろ遅いくらいだと考える者もいた。こうして松平勢は、井田野を後にし、敗走する敵を追って散開した。


 だが――


 その判断が、もう一つの戦場を空白にすることになるとは、この時、誰も口にはしなかった。


 追撃は、予想以上に容易だった。山中勢は地の利を活かそうとしたが、恐慌状態に陥った兵たちは統率を欠き、むしろ山道で互いに足を引っ張り合っていた。矢作川の支流沿いでは、武具を捨て、甲冑を脱ぎ捨てて逃げる者も多い。


 安祥松平の兵たちは、淡々と敵を狩った。逃げる背に矢を放ち、抵抗する者には槍を突き出す。武功を挙げようと前に出る若者もいたが、全体としては冷静だった。これは合戦ではない。後始末だ。そう理解している者が多かった。


 親忠自身も、馬を進めながら、すでに次の段階を考えていた。この追撃が終われば、三河の勢力図は大きく塗り替わる。山中・西郷の力は削がれ、中条もまた動きづらくなるだろう。問題は、その後だ。


 ――安祥。


 ――岡崎。


 三河を押さえる上で、避けて通れぬ要衝の名が、自然と脳裏に浮かぶ。特に岡崎は、矢作川を背に持つ要地であり、城と城下、街道と水運が結びつく場所だ。松平家にとっては、単なる一城ではない。三河支配の象徴そのものと言ってよい。


 だが、今、岡崎城には主だった将はいない。城主である松平光重はここに居る。いや、ここに居た。今は山中勢の追撃のため縦深攻撃中だ。岡崎城の守りは最小限に抑えられている。親忠自身も、そのことは承知していた。


(……問題は、他の連中がそれをどう見るかだ)


 親忠は、唇をわずかに引き結んだ。



 ーーーーー



 一方、その頃。


  井田野の東、矢作川を見下ろすなだらかな丘に、(あか)い軍勢があった。夕闇の中でもはっきりと分かるほどの赤。甲冑、旗指物、陣幕に至るまで、統一された色が、丘一面を覆っている。


 赤備――


 それはただの装いではない。数と統制を誇示するための、意思表示だった。


 彼らは、勝敗が決した瞬間から、動かなかった。


 いや、正確には「動く準備」を終え、あとは時を待っていた。


 軍配を握る菅沼定行は、低い丘の上から南を見下ろし、煙の立つ方向を確認していた。松平勢が追撃に移ったことは、すでに伝令によって把握している。


「……行ったな。」


 その声には、安堵も焦りもなかった。


 あるのは、予定通り事が運んだという確信だけだ。定行の目的は、戦うことではなく、先に着くことだった。


「岡崎へ向かう。」


定行の命令は短い。


 しかし、その一言で、全軍が動き出した。街道を進み、矢作川の流れを横目に見ながら、彼らは速度を上げた。――その手際は、長く奥三河で生き残ってきた菅沼家ならではのものだった。


(岡崎城は、空いている。)


 定行は確信していた。松平が勝ちに酔い、追撃に力を割いている今、この瞬間こそが唯一の機会だ。



ーーーーー



 岡崎城の物見櫓から、その光景を見た者は、皆、同じ言葉を漏らした。


「……多い。」


 ほとんど兵が残っていない今、城門を閉ざして籠もる意味がないことは、誰の目にも明らかだった。


 一方、岡崎城下では、不思議な静けさが広がっていた。人々は戸を閉め、外を窺い、息を潜めている。


 だが、略奪は起きていない。起こせなかったのだ。野党や浪人、戦場帰りの兵が、城下に入り込もうとしたが、ことごとく止められた。


 要所要所に配置された赤備の哨戒が、町を網の目のように覆っている。


 数があるということは、それだけで秩序になる。暴れる余地を、最初から与えない。


 岡崎城を囲み出した赤備え本陣で、菅沼定行は、城と城下を見ていた。城門は閉じているが、動きはない。城下からも、煙一つ上がらない。


「……静かすぎますな。」


 孫右衛門の言葉に、定行は頷いた。


「それでよい。戦は、終わっておる。」


 攻めぬことで、相手に考えさせる。


 動けば負け、動かねばいずれ屈する。その状況を作るために、千という数がここに居る。


「野党は?」


「寄りついておりませぬ。人数を見て、散ったようです。」


「それでいい。」


 定行は、視線を岡崎城に戻した。


「城を取るとは、門を破ることではない。戦う理由を消すことだ。」


 私は定行と孫右衛門の会話を、少し離れた場所で聞いていた。動かぬ軍勢が、これほどまでに強いとは、思っていなかった。


「……戦っていないのに、勝っている。」


 思わず漏れた言葉に、定行が小さく笑った。


「数を持つ者の戦い方です。」


 私は、城下へ目を向けた。人はいる。だが、暴れない。恐怖ではなく、諦めと理解が、町を覆っている。


 ――ここに逆らえば、勝ち目がない。


 その認識が、誰の中にも同じ重さで落ちている。


 そして岡崎城は日が落ちる前に、ほとんど抵抗らしい抵抗もなく、その門を開いた。守備の兵は少なく、指揮も曖昧だった。


 城内に響いたのは、剣戟の音よりも、混乱と驚きの声の方が多い。赤備えの兵は無駄に血を流さず、要所を押さえ、城門を閉ざした。


 城は落ちた。いや――取られたと言う方が正しい。


私は、岡崎城から城下を見下ろし、静かに頷いた。


「居座るぞ。」


 それが、この戦の本当の始まりだった。

〜参考記事〜

日本の城のなかで4番目に大きい岡崎城とはどんな城? / 歴史人

https://share.google/OyIsitGJYZNoqqRKs


岡崎 名城めぐり|特集|岡崎おでかけナビ / 愛知県岡崎市公式観光サイト

https://share.google/VFOEtC9lc3P6UNGHs


〜舞台背景〜

 岡崎城は、徳川家康が天下統一の戦いの過程で全国の名城から最先端の築城技術を学び(パクり)取り入れながら確立した複雑かつ巧みな縄張りで「土の城の到達点」と呼ばれます。

 その後、江戸期に「神君出生の城」と崇められ「石垣の城」として整備・拡張された結果、岡崎城の総面積(総曲輪)は名古屋城を凌駕する江戸城、姫路城、熊本城に次いで4位/全城郭(2万城〜3万城)です。

 公益財団法人日本城郭協会が定める「日本100名城」や「続日本100名城」に選ばれない奥三河の山城、田峰城とは訳が違います。

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― 新着の感想 ―
仕事が年度末で忙しい、働きたくないんで、権力大好きオジサンなお坊様、ちょっと汚職しようとしてザまあ回頼みます。真面目がいいよねを補充せねば。
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