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六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜  作者: 条文小説


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37/55

037 ~延徳4年(1492年)4月 矢作川~

挿絵(By みてみん)

甲州流河除法「聖牛」

出典:国土交通省 関東地方整備局 甲府河川国道事務所

https://share.google/rkVvPoGDtWKTesjjQ

    ~延徳4年(1492年)4月 矢作川~



 川は働き者で、しかも気まぐれだ。水車小屋が回りはじめて数日、矢作川は目新しい水車小屋の音を愉しんでいるかの様に機嫌がよかった。


 だが山の雪が緩み、春雷が二度鳴った夜から、流れは土の色を帯び息づき始めていた。


 上流から流木が増え、岸がじわじわ削られてゆく。



――――矢作川(やはぎがわ)


 日本武尊(やまとたける)が川の中洲にあった竹で矢を作り東夷征伐(景行天皇40年)に向ったという伝承をその名に冠する矢作川(やはぎがわ)


 茶臼山北麓を源として、岡崎平野を縦断して三河湾に注ぐ河は三河の大地に多くの恵みを(もたら)してきた。


 史実でも、明治期まで矢作川の滋養を享受し巨大穀倉地帯であった岡崎平野は、昭和期になると矢作川の豊富な流量を一層活用して畜産、園芸と、農業の多角化を進め、当時の欧州の農業先進国に(なぞら)えて「日本のデンマーク」と呼ばれる事になる。


 また、井戸を掘れば矢作川の水が地中に()み込んだ清らかな伏流水が湧く川沿いには江戸時代以降多くの酒蔵が建ち並んでいる。


 全国的な人気を誇る銘酒「蓬莱泉(ほうらいせん)」の関谷酒造、ワインの本番フランスで大絶賛された「(かも)人九平次(ばいとくへいじ)」の萬乗醸造など名醸の枚挙には暇がない。


 日本酒造りは他の酒類を遥かに凌駕する莫大な水量を必要とする。

 日本酒の成分の八割を構成する「仕込み水」はもちろん、酒造りの第二工程である洗米する時に使う「洗米用水」や洗米後の白米を浸ける「浸漬用水」。

 瓶詰めなどに使用する「瓶詰用水」、出来上がった原酒のアルコール分調整のために加水する「割水用水」。


 他から運んでこれば事足りる米や人、設備とは違い、酒造りに必要な米の総重量の五十倍と言われる伏流水は運搬出来ないため、自ずと矢作川沿いに蔵元が建ち並ぶ事になる。


 急流の矢作川は森林に蓄えられるミネラルを含む期間が僅かな「軟水」で、牛乳を飲むより水を飲んだ方がカルシウムが取れるという欧米の「硬水」ではない。


 そのため、矢作川水系の酒の味わいは「硬水」を使う灘の通称「男酒」ではなく、「軟水」を使う伏見の通称「女酒」に近い酒になる。


 硬水は豊かなミネラル成分によって発酵が活発になり「濃醇辛口」に仕上がる。

 軟水はミネラル成分が比較的少ないために発酵がゆっくり進み、なめらかできめ細かな「淡麗甘口」な味を生み出す。


 いずれにせよ急流で攪拌(かくはん)され十分な酸素を取込み、不純物を沈澱(ちんでん)させた清澄な水を大量に供給する矢作川が三河の醸造産業を育んだ。



ーーーーー



「このままでは、水輪どころか小屋ごと持っていかれまするぞ。」


 山地師の与右衛門が、矢作川の濁りの速さを見て顔をしかめた。


 私の背中もうすら寒い。せっかく完成した「精米」の“工場”を、春一番、稼働前に失うわけにはいかない。


 水車小屋建設のために集まった山地師たち、酒と聞きつけ根羽の宿からちっとも帰ろうとしない傅役の作左衛門は()(すべ)なく(にご)る河を眺めていた。


 そんな中で、権六が黙ったまま、竹尺と縄を持ちだして歩き出した。

 紫乃が弟の手を握ってついて行く。私も三人の後を追いながら、矢作川の匂いの濃さに眉をひそめた。


「竹千代様、まず川が“どこで怒ってるか”を見つけます。」


 権六は河原の小砂利を足で掘り、流れの筋を目で追う。彼のやり方はいつも同じだ。理屈から入らない。感覚で掴んでから、言葉にする。


「ここ、曲がりの外側。えぐれてる。あっちは土が新しい。“怒り”は外へ外へ」


 相変わらず権六の話には付いていけないが、私は聞いてみた。


「なんとかなるのか?」


「怒りの向きを、横にずらす。水で水を制する。」


 彼は泥に棒で図を描いた。川の流れを受け流「くの字」。そして流れを割る角の印。


「将棋の駒みたい」


紫乃が呟く。


「駒……“将棋頭”って呼ぼうか。角を水に向けて、水を二つに割る。勢いを減らして、こっちの浅瀬で寝かせる。」


 権六の言葉はおぼつかない。だが感覚は確かだ。私は頷き、さっそく与右衛門と作左衛門に人足と材を頼む。


 矢作川の水位が増してきたため、そう時間は残されていない。川縁にある水車小屋建設の残材だけで組まねばならない。


 権六が位置決めをしている。竹杭を川底に打ち、丸太を斜めに組み、竹の編み籠へ石を詰めて沈める。


 三角に組んだ木の枠を流れの面に向けて並べると、舟の舳先の群れが川に立った。権六はそれを「木流し」と呼ぶ。


水面を叩く音が、だんだん落ち着いた拍子になる。


 「割れた流れの片方は、砂利場へ逃がす。もう片方は、水車の取り入れ口から遠ざける。ほら、筋が変わった。」


 紫乃が帳面に線を走らせる。


「辰の刻、流れの筋、東へ一刻分」


 彼女は余計な口は出さない。だが記されたものは明日につながる。


 上流で雷が鳴り、矢作川がさらに太ってきた。組んだばかりの将棋頭が唸る。丸太に噛みつく水の波音がした。一本、二本と枠が押され、角度が鈍る。権六は迷わず膝まで水に入った。


「角が甘いと、斬れ味が鈍る!」


「危ない!」


 紫乃が思わず叫ぶが、権六は竹槌で横木を叩き、枠の鼻先を半間ほど前へ出した。


 流れが「ツッ」と鳴って分かれ、押しの芯が逸れていく。紫乃が息を吐いたのがわかった。


 しかし問題が出る。割った片側の流れが、田の方へ回り込みそうなのだ。


 作左衛門の顔の血の気が引く。


「これでは田がやられるぞ。」


権六は首を振る。


「全部は守れない。守る順を決める」


権六のまだ少年の声は静かだった。彼は草地の低いところを指差す。


「ここに“逃がし口”をあける。じわっと溢れさせて、向こうでまた戻す」


「堤を切る、と?」


「全部つなげると、どこか一箇所が破れて、そこが道になる。なら、はじめから“(かすみ)”のように切っておく。溢れてて戻る道を作る」


 不連続の土手を、切れ目ごとに竹の柵と枝葉で“毛”を植える。あふれた水が勢いを失い、砂を落としてゆく仕掛けだ。私は腹を決めた。


「私が全て責を負う。皆、権六の差配に従え。」


 作左衛門が短く応え、人足が鍬をふるう。切れ目に浅い受け溝を彫り、戻り道の末端は元の川へ通す。


 暫くすると、最初の小さな越流が起きた。切れ目から水がじわりと溢れ、受け溝に沿って進み、葦の間で白い泡をほどいて息を落とす。戻り口からは、静かな音で本流へ帰っていった。私の背に張っていた糸が、少し緩む。


 しかし上流から丸木が流れてきて、将棋頭の角にぶつかった。鈍い音。角が欠け、流れが一瞬荒れた。権六が歯噛みする。


 山地師たちや人足たち、大人たちの視線がまだ幼い権六に集まり、与右衛門が権六に聞いた。


「どうする?」


「角を“束”にする。一本の角じゃなく、細い角を束ねて角の形にする。一本が欠けても、全体の角は残る」


 彼は丸太を三本束ねて一組とし、束を重ねて角を作った。束の間に竹を編んで楔にし、力を広く受ける工夫だ。水の刃が、それを撫でるように割れていく。


 午の刻、山が唸った。雷鳴とともに濁りが極まった。川はまるで太鼓の胴のように鳴っている。私は膝が笑うのを感じた。矢作川の流れは人力で押しとどめるには、あまりに巨大だ。


 将棋頭の下流に、渦が立つ場所ができていた。そこへ砂が溜まり始めている。権六はそこに目を留めた。


「砂が“育つ”なら、砂を育てて“陸”にする」


「どうやって?」


「木の枝を束ねて、低い柵を並べる。水が遅くなると、砂は落ちる。柵は砂に飲まれて消えるけど、消えた頃には地面が一寸高くなる」


 彼はそれを「育て柵」と呼び、葦の根元から先へ先へと斜めに延ばした。


 紫乃が記す。「午の刻、柵三十間。砂の線、手前へ半間。」


 申の刻、矢作川からの越流が次々と切れ目からあふれ、受け溝に沿って勢いよく走り出したところで、私たちは暴れる矢作川から、権六が堤に施した知恵を信じて避難することにした。


何よりも水車小屋が破壊されない事を祈りながら…



ーーーーー



 翌朝の空は、洗ったように青かった。矢作川の川面に光の鱗が踊り、将棋頭の角がささやかに白い筋を立てている。


 将棋頭の下流に、昨日よりも広い小砂州が顔を出している。育て柵の間から、葦の新芽がのぞく。


 矢作川はまだ大きい波を上下させながら、ゆっくりと澄みを取り戻しつつあった。


 切れ目を通って溢れた水は、受け溝を辿ってほとんどが本流へ戻っていた。田の被害は出たが、致命傷ではない。


 そして心配だった水車小屋は立っていた。水輪は泥にまみれながらも、回っている。


「なんとか()った……」


 私は深く息を吐いた。与右衛門は腰を伸ばし、空を仰いだ。


「よう持たせた。権六の知恵のおかげだ。」


 権六は照れ隠しに頭をかき、紫乃は小さく笑って帳面を閉じた。


 作右衛門達が片付けに入ったのを眺めながら、私は権六に聞いてみた。


「なぜ、あの切れ目を“先に”開けると考えた?」


権六は少し考え、言葉を探した。


「全部を守ろうとして、全部を失うのはいやだ。切れ目をこっちで決めれば、水の“怒り所”もこちらで決められる。」


「なるほど」


 理屈ではない。だが、確かに理屈だ。私は頷いて、権六に向きなおる。


「権六が昨日色々工夫してくれた、この矢作川を守る仕組みに名が要る。」


権六は竹尺をくるりと回して、空を指した。


「うーん……“矢作の春祭り”。そんな感じ。」


そして権六が続けて言った。


「本当にお祭りをしたらいいと思う。堤を踏むだけじゃなく、将棋頭の束を交換する日。子どもでもできる仕事を用意して。」


「いいね」


と紫乃。


「帳面に日を空けとく」


 二人は目を合わせ、すぐそらす。耳が、またほんのり赤い。


 私はそんな権六の言葉を拾って胸にしまう。


 確かに洪水前に祭りで人を集め、多くの足で堤を踏み固め、多くの人手で堤の消耗材のメンテナンスするという発想は理に(かな)ってる。


 毎年の祭にしてしまえば、治水の技も伝わる。


 矢作川から権六の仕事を認めてくれた様な低く、優しい水音が響いていた。





――――武田信玄の治水工法「甲州流河除法」


 黄河を治むる者は天下を治む。甲斐の暴れ川を前に、武田信玄は単に堤を「線」で築くのではなく、流れを様々な「仕組み」で()らした。


 急流・御勅使川(みだいがわ)の勢いを角で割る将棋頭、流路を切り替える堀切、巨石群と伝わる十六石、そして流れを高岩へぶつけ跳ね返りとぶつけ合うことで水流エネルギーを殺ぐ工夫。


 点をつないで面で受ける一体のシステム。ここに日本の河川工学の祖となる「水で水を制す」知恵があった。


 堤そのものも常識破りだった。信玄堤は連続堤ではない。意図的に切れ目を設けた霞堤で、増水時はじわりと溢れさせ、受け溝を介して再び川へ戻す。


 一本の堤頂に水位と力を集中させないための「逃がし」の思想である。守る場所と捨てる場所を先に人が選び、破堤の偶然に任せなかった。


 維持も仕組みの一部だった。春祭りの御幸祭(おみゆきさん)は単なる神事ではない。甲斐国の神社三社の神輿を堤に総動員させ、集まった人の足で堤を踏み固め、要所要所を巡って点検と補修を兼ねる「年次メンテナンス」だ。治水を共同の作法として身体に刻む、自助・共助の学校でもあった。


 現場で使われた材は、環境と人手に馴染むものが選ばれた。丸太と竹籠に石を詰めた「聖牛」は、洪水のたびに据え替えられる前提の消耗品。


 砂は柵で「育て」て洲に変え、自然の堆積を味方につける。要は強大な構造物で押し切るのではなく、流れの気性を読み、分け、遅らせ、いなす技である。この思想、流れを割り、配り、余力を逃がす原理は現代の河川管理にもなお通用する。


 だが災害は、安全度が上がるほど技は忘れられやすい。(ゆえ)にこそ信玄は祭りという手段で、土地の来歴を知り、どこが溢れ、どこへ逃げるかを地域が共有する、知恵を()ぐシステムも構築した。


 信玄の流水コントロールとは、施設・運用・祭祀を束ねた持続の技術である。川と争わず、逃がし所と受け所を人が先に定めた武田信玄の叡智は、今もなお現役だ。

〜参考記事〜

伝統河川工法/国土交通省 関東地方整備局

https://share.google/JJfnuXFCwsFvso1NV


武田信玄の総合的治水術/ミツカン 水の文化センター

https://share.google/RCT9RgdwFHweyXqTW


〜舞台背景〜

 酒造りの第二工程「洗米&浸漬」と「水」の説明回です。…のつもりが酒造り調査でググってたら、水繋がりで検索に出てきた武田信玄の治水術が素晴らし過ぎて、なんか指が迷走してしまい、途中から信玄堤の回になってしまいましたww

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