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六道輪廻抄 〜 戦国転生記 〜  作者: 条文小説


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001 〜延徳2年(1490年)4月 田峰城〜

挿絵(By みてみん)


〜登場人物〜


菅沼 定広(さだひろ)(竹千代〜新八郎〜定広)⋯主人公で田峰菅沼家三代目当主。現代知識を持っている逆行転生者


マツ⋯定広の乳母。お方様(定広の生母)付き侍女。

キヌ⋯お方様(定広の生母)付き侍女。

孫四郎(四郎)…お方様付き小姓

彦三郎(三郎)…お方様付き小姓

右馬次郎(次郎)…お方様付き小姓

九郎次郎(九郎)…お方様付き小姓

加平…田峰家厩番


沼刑 部少輔 定信⋯定広の祖父。田峰菅沼家初代当主、田峰菅沼家を創始

菅沼 膳大夫 定忠(さだただ)⋯主人公定広の父。定信の嫡男で田峰菅沼家二代目当主

見性院⋯定広の祖母。定信の正室で定忠を生む。


南の方様…定信の側室。奥平家出身

新九郎…南の方と定忠の間の子。定忠の庶長子

    〜延徳2年(1490年)4月 田峰城〜



「……?」

 春の暖かな日差しに照らされ明るい着物を着た女性が、私に優しげな声をかける。


「貴方の母ですよ」

 ほとんどぼやけて見えないものの女性は優しげな声で私に声をかける。


 その瞬間、「あっ…これって…転生…」

優しく頭を撫でられると、心の中に安心感と充足感そして眠気が満ちていく。


「お世継ぎ誕生おめでとうございます」

「‡‰′Å⇒∥♀…」

「母子共に元気そうで何より」

「‡‰′Å⇒∥♀…‡‰′Å⇒∥♀…」

「これで菅沼も安泰」

「めでたい。目出度い」

「‡‰′Å⇒∥♀…」


 勿論まだ目は見えないものの、聞こえてくる多くの祝詞の『…菅沼』『…嫡男』『田峰』『西郷』『作手』…拾えた単語から取り敢えず喫緊の命の危険は無さそうな事に安堵して眠気に身を任せながら意識を手放した。



    〜延徳2年(1490年)7月 田峰城〜



 今日も、目を開けると(おそらく…)板張りの天井が広がっている…まだ視力は覚束なく、聴力に頼る生活だが…寅の刻(午前四時前後)頃に同衾している乳母のマツの立てる物音で目覚めた。御台屋敷のそこかしこから一日の始まりを告げる喧噪が響き渡る。


 小姓達や乳母、侍女が詰めている御台屋敷は田峰(だみね)城の中腹にある狭い屋敷なので、小者や侍女たちの夜着を脱ぎ寝床を離れる音がよく伝わり、枕元に畳んだ小袖に腕をとおして帯を締める気配も間近に感じられ、改めて一日の始まりを強く感じる。


 田峰城内でこの御台屋敷よりも大きい本丸のうまやどから大小の馬いななき音が聞こえてくる。ベテラン小者加平が朝の飼葉をやり始めたようだ。


 枕元に置いておいてあった小刀を腰に差して起き出したまだ若い小者の四郎と三郎、次郎が、草履をつっかけて慣れた手つきで御台屋敷あちこちの板戸を開けると、いまだ月明かりではあるもののだいぶ御台屋敷内が明るくなった。


 そんな小姓の朝夕の楽しみである朝餉の準備を侍女のキヌたちが支度仕出した炊事の香りがまだ乳歯も生えておらず、お食初めを迎えたもののまだ乳歯も生え揃っていない私の食欲を刺激する。


 マツに抱かれて座敷に戻ると祖母と父母、侍女達、小姓達と朝餉を喋んでいた。いつもの様にちゃんとマツの山盛りの麦飯と、“菜”と言っても塩辛い味噌だけという…一汁一菜膳も用意されていた。


 栄養重視というか、味はそう期待できなさそうな朝餉ではあるものの間接的に私の栄養になるので、マツには皆よりも沢山食べて貰わねば。


「おはようございます。お館様、お方様、見性院様」

 私を抱えたマツが元気良く挨拶をして自分の朝餉の膳の前に滑り込む。


「おはよう、おマツ。竹千代をこちらに預かろう。早くお食べ」

 祖母にそう声をかけられたマツは、食事の終わった祖母に私を引き渡し箸を手に取った。


 私は私で、空気を読みマツの食事中、この御台屋敷の事実上の家主である祖母に満面の笑顔で愛嬌を振りまいておいた。


 祖母は、田峰菅沼家の初代当主である菅沼刑部少輔定信の室で、祖父定信が父定忠に家督を譲っての隠居に合わせて落飾した。得度(とくど)してからは院号の見性院で呼ばれている。非常に信仰が篤いというかアカデミックな祖母は、田峰城中の侍女や小姓達を連れてこの田峰城の城下にある田峰観音に日参している。


 田峰菅沼家が田舎の豪族にありがちな武辺一辺倒ではなく、文を尊ぶ家風なのはこの祖母の影響が大きいように思う。まぁマツ、キヌを始め侍女達の楽しみは田峰観音の門前で食べる五平餅らしいので、文を尊ぶ家風と言ってもその程度だが…


 ただ、既に朝餉を食べ終わって朝の鍛錬に率先垂範で飛び出して行った武闘派の祖父定信でさえこの田峰城築城と同時に田峰観音を建立したのは間違いなく祖母の影響であろう。


 祖父に続き朝餉を食べ終わった小姓達も続々と席を立ち武術鍛錬に向かう中、鍛錬など素知らぬ顔で食事を続けているのが私の父、菅沼大膳大夫定忠である。


 父の定忠は祖父定信から、現在の愛知県北東部の北設楽郡設楽町から豊田市稲武地域辺りまでの広い地域を継承して以降、愛知県豊橋市の月谷(わちがや)城を本拠とする西郷家と姻戚となり、また縁戚筋の長篠菅沼家に加えて隣接する作手奥平家と姻戚を結ぶ山家三方衆と呼ばれる三国同盟で奥三河を固めて内政の拡充に努めていた。


 内政重視とはいえ、父定忠の代で豊田市武節町付近まで西進して武節城を築き、新城市北部まで南下して平井城を築いて祖父定信から引き継いだ版図を拡大させているので、必ずしも当主自身が(やり)を振るうのが得手である必要は無いのであろう。


 マツが朝餉を食べ終わり暫くすると、御台屋敷の門前を掃除していた小姓の九郎が、箒を持ったまま戸口を開けて声を上げた。


「南の方様が、こちらへ。」

 その一言で、御台座敷の空気がわずかに張りつめた。


 炊き立ての麦飯の香りや、焚きしめられた白檀の匂いが一瞬、静寂に沈んだ気がした。


 土間の向こうから現れた南の方は、まだ二十代の半ばに見える。正室である母とは異なる艶やかさを備え、山里の清水のような涼しさと、花の盛りのような明るさを併せ持っていた。衣の色は淡い紅梅。派手ではないが、朝の光を受けてほのかに輝く。侍女を一人だけ従えており、その慎ましやかさが、かえって彼女の自信を際立たせていた。


「おはようございます、見性院様。お方様。」


 柔らかな声が座敷に響く。祖母の見性院はいつもの穏やかな笑みを浮かべ、軽くうなずくだけで応じた。母上も同じように微笑んではいたが、その目はどこか遠くを見ているようで笑みに温度がなかった。


 両者のあいだに流れる沈黙は、まるで夏の朝の霧のように淡く、しかし濃かった。


 本丸の庭から祖父定信や馬廻り小姓達と朝稽古に励む南の方の子であり私の庶子兄である新九郎の木剣が、打ち合う音が響いてくる。


 鋭く、乾いた音が一度響くごとに、母上の眉がわずかに動く。


「今朝も新九郎殿はよく励んでおりますね。」

母がそう言うと、


「ええ、武門の子として頼もしいことです」

南の方が柔和に答えたが、どこか硝子のように冷たく透き通っていた。


 側室の南の方は作手の奥平家の縁筋とされ、奥三河の安定のために田峰菅沼家にとって不可欠の存在だ。勿論、正室である母は東海道の要衝である愛知県豊橋市の西郷家の血筋、土豪上がりの菅沼家や奥平家とは比べ物にならない三河国守護代も務めた事のある尊貴な血胤である。


 菅沼家は父定忠の婚姻による平和外交の結果、戦雲に晒される事なく暫く流血の戦は無いが、田峰城中にいくつも国が出来あがってしまい女国主達の言葉にせぬ戦があった。


 マツは私を抱きながら、その空気の変化に気づいてか、わずかに肩を強ばらせた。


 祖母の見性院だけが、まるで長年この張り詰めた糸を見守ってきたかのように、静かに数珠を撫でながら口を開いた。

「では皆で仲良う観音参りに参ろうか。」


「はい、喜んで。」

 南の方は頭を下げる。その声音には作り笑いも怒りもなく、ただ澄んでいた。


 その刹那、外で「カンッ」と木剣の音が高く鳴った。


 どうやら新九郎の一撃が祖父の木刀を弾いたらしい。

「おおっ」と庭の小姓たちの歓声が上がる。南の方の口元に、わずかに誇らしげな笑みが浮かんだ様に見えた。


 御台屋敷の朝は、再び静まり返る。ただ、外の武芸場から聞こえる木剣の音だけが、この屋敷の“見えぬ戦”を代弁しているかのように、澄んだ空気を震わせていた。

〜参考記事〜

Wikipedia/ウィキメディア財団

https://ja.wikipedia.org/


したらん♪トレイル/(一社)設楽町公共施設管理協会

http://www.shitara-trail.jp/


地方別武将家一覧/田中 豊茂(家紋World)

http://www2.harimaya.com/


日本人の名前研究/井藤伸比古

(5)中世の成人男子の名前

[5] 江戸以前の庶民の女性名は?

https://nihonjin-name.jimdofree.com/


〜参考書籍〜

もしも戦国時代に生きていたら/小和田哲男・辻明人

ワニブックスPLUS新書


〜舞台設定〜

 第1話の前半で冗長(じょうちょう)になりがちな登場人物の紹介を出来るだけ簡潔に書き、蘊蓄(うんちく)がウザくなりがちな舞台背景の説明を極力自然に挿入する事を心掛けました。

 後半では今後の騒動の伏線として相続トラブルを予感させる義母を描きました。第2話への誘導のため義母も実母も美女設定です。

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