第9話 未来傾斜の発動
指先がPaneの〈Future Bias〉に触れた瞬間、世界がざらりと軋んだ。
視界の端で戦場が二重写しになる。
一つは――赤い霧に飲み込まれ、街が赤牙に蹂躙される未来。
もう一つは――白百合の旗が翻り、街が守られる未来。
Paneの表示が揺れる。
〈Future Bias〉:+0.2 → +0.5
数値を上げると、赤い霧がわずかに後退した。
まるで現実の布が引き直されるように、街の広場が一瞬だけ光に包まれる。
「なに……だと?」
赤牙の継承者が目を細めた。
彼のPaneも赤く脈打ち、汚染数値が跳ね上がる。
〈Corruption Bias〉:+1.0 → +1.5
黒い霧が再び押し寄せ、暴走したNPCたちがこちらに突進してきた。
街の住民を守るはずの兵士たちが、今は刃を振りかざす敵となっている。
◇
「蓮!」
剣姫の叫び。
彼女は大剣でNPCの斬撃を受け止めながらも、こちらを信じていた。
「あなたしかできない! 未来を、こっちに傾けて!」
胸が高鳴る。
凡人の頃の僕なら、誰かに託されることすらなかった。
だが今は違う。僕は――裏仕様の使い手。
「……なら、やってやる!」
Paneのスライダーを思い切り押し上げる。
〈Future Bias〉:+0.5 → +1.2
瞬間、未来の二重写しが切り替わる。
赤い霧が薄れ、暴走NPCの瞳から黒が剥がれ落ちた。
兵士たちは一斉に武器を下げ、再び市民を守る側に戻っていく。
広場に歓声が上がった。
「戻った……! 兵士が正気に!」
「白百合が、街を守ったんだ!」
Favorabilityが跳ね上がる。
Favorability(街全体):+0.6 → +1.2
Paneの数字が、熱のように脈打つ。
僕は未来を――確かに動かした。
◇
だが継承者は嗤った。
「面白い。凡人の分際で未来を弄るか。だが、未来は一つじゃない。……潰す未来も、いくらでもある」
彼のPaneに新しい数値が現れた。
〈Collapse Bias(崩壊傾斜)〉:+0.0 → +0.8
足元の地面が裂け、広場に巨大な影の獣が這い出してくる。
赤牙の継承者は短剣を構え、こちらを指した。
「凡人。次の一手で――お前の未来を終わらせる」
剣姫が僕の前に立つ。
彼女の背に映る光が、揺るぎない誓いのように輝いていた。
「蓮。私たちで掴むのよ。凡人じゃない未来を!」
Paneが熱を帯び、未来が幾重にも揺らめく。
僕は深呼吸し、覚悟を決めた。
――次で決着をつける。




