第5話 裏仕様の継承者
翌日、ギルド会議室。
石造りの壁に、青白い光を放つ大きな地図が浮かんでいた。
《白百合騎士団》の面々が席につき、剣姫が前に立つ。
「赤牙ギルドは北の廃都〈デストラード〉に拠点を築いている。初心者狩りを続け、勢力を拡大中。このままでは街全体が支配される。――だから、迎撃する」
彼女の言葉に、全員の表情が引き締まった。
そして剣姫は、僕を指さした。
「鍵となるのは、蓮。あなたよ」
「……僕が?」
「赤牙には、裏仕様を扱う者がいる。昨日の挑発で確信した。つまり彼らも、世界の“裏”に触れている。普通の戦い方では勝てない。――だからこそ、同じ力を持つあなたが必要なの」
視線が一斉に集まる。
喉が渇く。
Paneが脈打つように点滅した。
◇
その夜。
僕は一人で街外れの草原に立っていた。
風は冷たく、月が青白く丘陵を照らしている。
剣姫の言葉が、耳の奥で繰り返されていた。
――同じ力を持つ者がいる。
「……凡人の終わり、か」
Paneを開く。Luckを上げ、Favorabilityを下げ、Vectorを微調整する。
数値は生きているように動き、世界の仕組みを僕に伝えてくる。
けれど、その奥に、赤い影が潜んでいた。
◇
突如、空気が裂ける。
背後から現れたのは、赤牙のマントを羽織った青年。
銀色の短剣を持ち、口元に笑みを浮かべていた。
「やっぱり、君も見えてるんだな」
彼の視界にも、Paneの光が揺れているのがわかった。
僕と同じ、裏仕様の使い手。
「……お前、誰だ」
「名乗るほどのものじゃない。ただ、俺は〈継承者〉と呼ばれている。赤牙に“裏の権能”を渡された者だ」
〈継承者〉。
Paneの文字が震え、赤いアラートが走る。
〈System Whisper〉:裏仕様の対抗者を検出。互換性:98%
青年が笑う。
「俺たち、同じ穴の狢だ。だが差がある。俺は最初から“利用する側”として育てられた。凡人上がりのお前とは違う」
「……っ!」
青年が短剣を構えた瞬間、周囲の空気が歪んだ。
彼のPaneが数値を弄るのが見える。速度、攻撃力、好感度――すべてが極端に跳ね上がっていた。
圧倒的な加速。草原の風が引き裂かれる。
「凡人は、ここで潰す」
瞬きする間に間合いを詰められ、短剣が迫る。
とっさに僕はVector Correctionを上げ、Luckを跳ねさせた。
Vector:1.10 → 1.25
Luck:3.21 → 3.51
刃が頬をかすめ、火花が散った。
わずかに軌道がずれていなければ、僕の命は途絶えていた。
◇
互いのPaneが激しく点滅する。
裏仕様同士の衝突。
それはゲームの域を超え、現実の心臓を鷲掴みにするような感覚だった。
青年は嗤う。
「面白い。凡人のくせに、よく耐えた。だが次はない。俺と赤牙のギルドが、お前を狩り尽くす」
夜風にマントを翻し、青年は闇へと消えた。
残された僕は、荒い息を吐きながらPaneを見下ろした。
Luckは大きく減り、Favorabilityも不安定に揺れている。
戦っただけで、世界の数値が壊れかけていた。
「……同じ力を持つ敵、か」
凡人のままでは絶対に勝てない。
だが僕は、もう凡人ではないはずだ。
Paneを強く握りしめ、決意を固めた。




