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魔女の目覚めの刻  作者: でぃえぬ
第一章:虚空の魔女
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第六話『選択の刻』

「――そうですね。そろそろ、本題に入りましょうか」


影山の言葉を境に、礼拝堂の空気が凍りついたように静まり返る。


「まずは、“十三魔女”について、改めて整理しておきましょう」


重い沈黙を破るように、影山が語り始める。世界の裏側に隠された真実を。


「現代の魔術師は、太古より人ならざる怪異や魔物から世界の秩序を守る者たち。そして“十三魔女”とは、その頂点に立つ存在。選ばれし十三人の魔術師のことです」


影山は一呼吸置いてから続ける。


「ここまでは神代さんから聞いていると思いますが……白鷺さん?」


白鷺天音(しらさぎあまね)神代朱璃(かみしろあかり)から聞かされた話を思い出しながら、静かに頷いた。


「よろしい。十三魔女はそれぞれ、強大な“権能”を持っています。その力は大きく二つに分けられる。神代さんの“炎”のような基本六属性と、それ以外の“派生属性”です」


「派生属性ってのはね、属性というより“特異能力”って感じ。私の“予知”や、誰かさんの“剣”とか、ちょっと意味わかんないのも多いから」


レティシアが肩をすくめながら補足する。


「それに、派生属性は“進化”することもある」と天城蓮(あまきれん)が重く続ける。「奴らのトップも、それで権能を変えた」


「……まさか、“奴ら”って……同じ魔女なんですか?」


不安げな天音の問いに、影山は静かに頷いた。


「その通りです。すべての始まりは――千年前。秘跡会を中心とする魔術師たちは、かつて協力して世界の秩序を守っていました。しかし、一人の魔女が裏切ったのです」


影山の声が低くなる。


「その名は“支配の魔女”セラフィナ。かつては“契り”の権能を持っていた彼女は、裏切りとともにその力を“支配”へと進化させました」


「目的は単純明快。“強者による支配”。魔女や魔術師が人間社会の頂点に立ち、すべてを統べるという思想です」


「千年前……」


天音には想像もつかない時代に、思わず息を呑んだ。


「彼女は組織を立ち上げました。“無冠者(むかんしゃ)”――The Crownless。“王冠なき支配者”を意味します。最初は小さな組織でしたが、やがて賛同者が集まり始めました。とくに決定打となったのは、三百~四百年前の“魔女狩り”の時代。追われた魔女たちの一部が、無冠者に合流してしまったのです」


「以降、世界の魔術勢力は二分され、長きにわたり膠着状態が続いていました。ですが……」


影山は天音を見据える。


「――ついに、この均衡を崩す“鍵”が現れた。それが“虚空の魔女”、白鷺天音さん。あなたです」


礼拝堂にいる全員の視線が天音に向く。


「わ、私……?本当に私なんですか?今日までは魔法の存在すら知らなかったのに……」


天音の動揺を前に、影山は静かに頷く。


「それでも確かです。“虚空の魔女”の力は特別。そして“運命の魔女”が視るのは、歴史が大きく動く瞬間だけ。つまり、あなたの存在こそが、この世界の未来を左右するのです」


「……そして当然、無冠者もあなたの力を狙っている。今日、異界で異形が大量発生したのも……支配の魔女の仕業よ」


朱璃の言葉に、天音は目を見開いた。


「そんな……私はただの高校生だったのに……」


理解しきれない現実に、天音の声は震えていた。今日までは何の変哲もない日常を送ってきたのだ。まさか自分が、世界の命運に関わる存在だったなんて――。


そんな天音に、レティシアが笑顔で言葉をかける。


「もちろん強制じゃないわよ〜。でも、あなたが協力してくれなかったら、ちょ〜っと世界が危ないかな〜って程度で」


「レティシア、もう少し真面目に言いなさい……」


朱璃が呆れ気味に言うのをよそに、蓮が続ける。


「確かに力を継承したといえ君は一般人だ。戦うかどうかは自由に選んでくれていい。もし嫌だというなら、次の継承者が見つかるまで我々が守る。それを約束する」


その言葉に、天音は一縷の希望を見出した。


「次の継承者……見つかるんですか?」


「正直、それは難しいでしょう。魔女の継承者の素質を者は少ない。血縁も無関係となると、探すとなれば、数年、あるいは数十年はかかります」


「それにね、この時代における最高の適合者は天音ちゃん、あなたよ。空間の権能が自然と移った。そのことがそれを証明している」


「私たちが最も恐れるのは――無冠者に、あなたの力を悪用されることです。あなたの意志を尊重しつつ、保護は全力で行います」


「保護って……学校には、もう行けないんですか?」


「最大限の配慮はします。でも、無冠者の動きが活発なうちは……少し、我慢していただくことになるかと」


天音は黙り込んだ。だが、その程度なら耐えられる気がした。いつか日常に戻れるという希望が、心の奥にあった。


「天音さんに問います―――世界を救うために、私たちに協力してくれますか?」


天音は答えを出せずにいた。


本音を言えば、逃げてしまいたい。ついさっきまで、ただの女子高生だったのだ。今日だって一歩間違えてれば大怪我をしていたかもしれない。

魔女の存在すら知らなかった私に、世界の命運を任せるなんて――


だけど、心の中に小さなトゲが残る。


もし私が逃げたら?


次の継承者を探すことになる。見知らぬその人は、私の代わりに無冠者の標的になるかもしれない。


私を守るために、秘跡会の人たちは命を懸けてくれるという。ならば、私の選択が、誰かを苦しめることになるかもしれない。


知らなければよかった。

でも、もう知ってしまった。


ここで逃げたらいつか後悔する日がくるかもしれない。


――それが、なんか……嫌だ。


たったそれだけ。


でも私には、それで十分だった。


「迷うようでしたら――」


「……分かりました」


天音は影山の言葉を遮って、はっきりと答えた。


「私のできる範囲で……協力させてください」


一瞬、場に静寂が広がる。皆が少しだけ驚いたような顔をする。


「白鷺天音さん。無冠者と戦う覚悟は、ありますか?」


「……はい。これは、私自身の選択です」


その言葉に、影山は穏やかに微笑んだ。


「……わかりました。ようこそ、秘跡会へ」


***


「じゃあ、白鷺さん。私が寮まで案内するわね」


そう声をかけた朱璃に、天音は目を見開いた。


「え……寮? 帰れないんですか?」


「今日はもう遅いし、明日は土曜日。明日は案内や説明もあるし、泊まっていった方がいいわ」


「そ、そうですか……あ、でも……お母さんには……」


天音の不安に、レティシアがにっこり笑って言う。


「そのへんは魔術でうまく誤魔化しとくわよ〜。便利なんだから、魔術って」


「……すごいですね、魔術って……」


「じゃ、行きましょ。寮はこっちよ」


朱璃が軽く手招きしながら歩き出す。


天音はその後を追って礼拝堂を出た。レティシアも、のんびりと続く。


「私も疲れたから、帰るわね〜」


(いや、お前は何もしてないだろ)――蓮は心の中で突っ込む。


再び礼拝堂に静寂が戻る。


「天城君は、白鷺さんの選択に驚いた様子がなかった。最初から、わかっていたのですか?」


「……知り合いだって言ったでしょう? あいつは……自分じゃ気づいてないけど、普通じゃないんですよ」


「私には、普通の少女に見えたがね」


「俺も最初はそう思ってました。でも……色々ありまして」


蓮は言葉を切り、影山に向き直る。


「それより影山さん。貴方、彼女に“逃げる選択肢”なんて、最初から与えるつもりなかったでしょう?」


影山は笑みを崩さずに答える。


「努力はしましたよ。“戦う”選択をしてもらうために」


「……もし白鷺が逃げるという選択をしていたら、俺はあんたを敵に回してたぞ」


「おや、それは怖いですね。貴方のような才能ある魔術師を敵に回すなんて、私には勝ち目がありませんからね」


「……冗談はよせ。確かに戦闘力だけなら俺が上だろうが、それだけじゃないことをあんたが一番よく分かってるだろ」


影山は微笑むだけで、言葉を返さなかった。蓮も、それ以上答えを求めてはいなかった。


「俺は行きます。奴らが本格的に動く前に、準備しときたい」


「頼みましたよ。貴方は、魔女たちを除けばこの支部の最高戦力なのですから」


「言ってろ」


静かに、しかし確かに。


――運命の歯車が、動き始めた。



***



闇の中、セラフィナは魔導書のページを静かにめくりながら、部下の報告に耳を傾けていた。


「白鷺天音が秘跡会に合流しました。恐らく、我らに敵対することになるかと」


「ふふ……予想通りね。今ごろは、秘跡会の連中の手で“都合のいい正義”に仕立て上げられている頃合いかしら。可哀想な天音ちゃん」


セラフィナは口元に妖しく笑みを浮かべながら応じる。


「このまま放置してよろしいのですか? “虚空の魔女”が覚醒すれば、我らの計画に支障が出る恐れもあうかと」


「……もちろん、放っておくつもりなんてないわ。あの子は必ず“手に入れる”。ただ――今はその時じゃないだけ」


魔導書のページをめくる手を止め、セラフィナは部下に視線を向ける。


「それに、“何もしない”とは言っていないでしょう? あなたたちは雪蘭の元へ向かいなさい。その娘に指示は出しておいたから」


「――はっ」


部下は恭しく一礼し、闇の中へと姿を消す。


「白鷺天音……貴女はこの舞台で、どんな“物語”を見せてくれるのかしら」


誰もいない闇の空間に、セラフィナの艶めいた声が静かに響き渡った。

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