第五話『再会』
「とりあえず、ここの支部長に挨拶しないとね。礼拝堂に行くわよ」
敷地に入るなり、朱璃が目的地を示した。
「礼拝堂……ほんとにあるんだ……」
「元々は神学校だって言ったでしょ? 礼拝堂はあっちよ」
歩きながら、朱璃が淡々と答える。
天音は慌てて後を追いながら、ふと周囲に違和感を覚えた。空間の揺らぎではない、もっと現実的な、日常でも感じる類いのもの。
――視線だ。
数は多くないが、その大半が自分に向いているのを感じる。
「なんかさっきから見られてるような……?」
戸惑う天音に、朱璃は表情を変えずに答えた。
「当然よ。“十三魔女”は、それだけ特別なの。特に、“奴ら”に対抗する鍵となる者なら、なおさらね」
「そ、そうなんだ……というか、“十三魔女”って、結局何なの?」
ずっと心に引っかかっていた疑問を、ようやく口にする。
「……後でまとめて説明するつもりだったけど、少しだけ話しておくわ」
思案するように視線を宙に投げてから、朱璃は口を開いた。
「“十三魔女”っていうのは、太古から存在してきた十三人の魔女たち。それぞれが異なる強大な力――“権能”を持っていて、その力は時代を超えて継承されてきたの」
「引き継がれるって……?私のお母さんもお父さんも魔法使いじゃないと思うけど……」
当然ながら、天音には両親が魔法など超常的な力を使っていた記憶はない。
「確かに、親から子に移ることが基本ね。でも、魔女の力、“権能”は血縁に関係なく適合者なら誰にでも宿るわ。あなたの場合は、先代が亡くなって自動的に力が移ったのよ」
「それって、いつ……?」
「それは分からないわ。ただ、あなたが昔から“空間の揺らぎ”を感じていたなら、その時点ですでに……だったのかもしれない」
「……やっぱり、あれって普通じゃなかったんだ」
天音は小さく呟く。
「でも、この千年間“虚空の魔女”がどこにいたのか、誰なのかすら分かっていなかった。 だから、継承の瞬間も特定できなかったのよ」
「千年……あれ?じゃあ、どうして私が次の魔女だって分かったの?神代さんが、偶然あの高校にいたわけじゃないよね?」
「ふふ、やっぱり鋭いわね」
朱璃は小さく笑って頷いた。
「誰が継承したかまでは分からなかったけど、あの高校に“虚空の魔女”がいるってことだけは分かってたのよ」
天音が不思議そうに首を傾げたそのとき、朱璃が足を止めた。
「――着いたわ。この話はまた今度ね」
天音が顔を上げると、目の前には重厚な扉と、荘厳な佇まいの礼拝堂がそびえていた。
「中に入るわよ」
朱璃が扉に手をかけると、音もなく扉が開いていく。
「ようこそ、白鷺天音さん」
待っていたのは二人の人物だった。一人は、神父服をまとった初老の男性。
もう一人は、天音より少し年上に見える金髪の美少女。ふわりと揺れる長い髪に、宝石のような碧い瞳。
スラリとした体躯に加えて、明るく人懐っこい笑顔と軽やかな仕草――まるで物語から出てきたような存在だった。
「私は影山俊三。この東京支部の支部長を務めています。今後とも、よろしくお願いします」
柔らかく一礼する彼に、天音も慌てて姿勢を正す。
「は、はい。白鷺天音です。よろしくお願いします!」
「そして、こちらの女性は――」
「レティシアよ。私もあなたと同じ“魔女”、ま、最弱だけどね~。よろしく、天音ちゃん」
軽く手を振って笑うその姿に、天音は戸惑いながらも頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします……」
“魔女”、“最弱”……その言葉のギャップに、ますます混乱する天音。
そんな様子を見ながら、朱璃が口を開く。
「さっきの話の続きになるけど……彼女が、あなたを見つけた“運命の魔女”よ」
「えっ、この人が? ってことは……未来予知とかできるの?」
そんなの、最弱どころか最強じゃ……。
レティシアはケラケラと笑いながら言った。
「あはは、名前だけなら確かに最強っぽいでしょ~? でも現実はそんなに甘くないのよ。私が“視える”のは、自分の命に関わることとか、歴史的な転換点レベルの出来事くらい。しかも、完全に自動。自分の意志ではどうにもならないの」
「それでも十分すごいと思うけど……」
そう漏らす天音の横で、朱璃がジト目を向ける。
「何言ってるの。あなた、今までの戦闘で一度も怪我すらしたことないじゃない」
「それは後方支援担当だからよ~。私、野蛮なことにはノータッチです♪」
朱璃はまだ納得してないようだが礼拝堂の扉が開き話は中断される。
「ただいま戻りました」
礼拝堂に入ってきたのは、学校の制服と思われるブレザーの上に黒の外套を羽織った青年だった。
整った顔立ちに漆黒の髪、落ち着いた雰囲気を漂わせながらも、どこか親しみやすさを感じさせる――そんな不思議な空気をまとっている。
というか――
「……天城先輩?」
「その声は……やはり君だったか。次の“虚空の魔女”は、白鷺だったんだな」
その姿は中学時代に同じ学校の先輩であった天城蓮であった。
そのやり取りを見たレティシアが、目を丸くして声を上げた。
「うそ、知り合いなの?まさか元恋人とかじゃ……!」
「ち、違いますよ! 天城先輩には中学の頃、いろいろお世話になっただけで……!」
天音は頬を赤らめながら、慌てて否定する。
「白鷺の言う通りです。中学時代、生徒会でいろいろとありましてね。当時から彼女には何か特別な力を感じてはいたのですが、まさか魔女の権能を継承していたとは、夢にも思いませんでしたよ」
朱璃が頷きながら補足する。
「レティシアの“視えた”情報で、虚空の魔女の継承者があの高校にいることは分かってたの。でも、
白鷺さんが本人だって気づけたのは、天城くんの助言があったおかげよ」
影山もそれに続く。
「ええ、もし虚空の魔女の発見が遅れていたら、何が起こっていたか……。神代さんが声をかけた時点で、“奴ら”の動きが活発になったことも確認されています。天城さんが白鷺さんと知り合っていたのも、もはや運命だったのかもしれませんな」
その言葉に場の全員が静かに頷いた。
そして天音は、胸の奥で渦巻いていた不安を、ついに言葉にする。
「……あの、“奴ら”って、いったい何なんですか?私、これから……どうすればいいんでしょう?本当に……戦わなきゃいけないんですか?」
その問いに、影山は静かに応じた。
「――そうですね。そろそろ、本題に入りましょうか」
そして、白鷺天音の運命の選択の時が、ついに訪れる。