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魔女の目覚めの刻  作者: でぃえぬ
第一章:虚空の魔女
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第四話『秘跡会』

ある都市の片隅――


月も届かぬ一角に、時間から取り残されたような古びた洋館が佇んでいる。

重厚な扉の奥、闇に包まれた広間では、無数の蝋燭が静かに揺れていた。

その赤い光が、黒い絨毯と古びた天蓋を幽かな炎で照らし、空間全体に仄暗い儀式の気配を漂わせている。


女は、ゆったりと高背椅子に身を預けていた。

漆黒のドレスが床を流れるように広がり、深紅の宝石が胸元に妖しく輝く。刺繍された魔法陣の文様が蝋燭の炎に照らされ、金色の光をわずかに放つたび、空間に支配の気配が染み込んでいく。黒金のティアラがその額に威厳を添え、紅の瞳は手元の魔導書を妖しく映していた。


傍らに控えるのは、白銀の髪を持つもう一人の女。

純白のチャイナ風の衣には、氷結の文様が銀糸で織り込まれており、淡く透ける袖が彼女の冷たさを際立たせていた。氷花を象った銀の簪が髪間で微かな音を立てる。


「セラフィナ様。“虚空の魔女”候補――白鷺天音に、“煉獄の魔女”が接触しました」


「……ついに“虚空”が目覚めたのね」


低く、冷えた声が広間に落ちた。

セラフィナと呼ばれた女は、ゆるやかに魔導書のページをめくる。


「まだ完全には目覚めておりません。しかし、時間の問題かと。……必要であれば、私が直接出て始末を」


白髪の女の声は、音すら凍てつかせるような静けさを宿していた。


セラフィナは微笑む。その指先には、気品と魔が同居していた。


「いいえ。――あの少女は、生きたまま捕らえるのよ。私の“支配”と、彼女の“空間”。二つが揃えば……この計画は、ようやく完成する」


「……“空間”の力は非常に強力。秘跡会も最重要対象としているはず。生け捕りとなると、困難かと」


「でも、あなたならできるわ。ねえ――雪蘭(シュエラン)


その名を呼ばれた瞬間、雪蘭の冷たい瞳がわずかに揺らぐ。


「……主の命とあらば」


「ふふ、冗談よ。今はまだ動く時じゃない。いずれ、彼女のほうからこちらに来るわ。……そのときを待ちましょう」


セラフィナの瞳は、揺れる蝋燭の炎よりも深く、紅く染まっていた。


「あなたは、偵察に徹してちょうだい。私たちは、舞台の幕が上がる瞬間を待つだけ」


「──はっ」


雪蘭は静かに一礼し、その姿を闇の中へと融かすように消えていく。広間には再び静寂だけが残った。


セラフィナは魔導書を閉じ、そっと微笑む。


「ふふ……楽しみね、白鷺天音。あなたが“誰のものになる”のか」


──こうして、静かに。

この世界の“闇”は、確かに動き出していた。



***



 夕暮れの街を抜け、神代朱璃に連れられてたどり着いたのは、高校から数キロ離れた郊外の山の麓だった。


「どこに向かってるんですか?」


不安を押し隠せず、白鷺天音(しらさぎあまね)神代朱璃(かみしろあかり)に問いかけた。


「秘跡会――魔術師たちを統括する組織よ。今向かってるのは、その日本支部」


朱璃は前を向いたまま、さらりと答える。


「支部ってことは……他にもいっぱいあるってこと?」


「ええ。日本には一つしかないけれど、支部は世界中にあって、本部はイギリスにあるわ」


「……世界中に……」


あまりにスケールの大きい話に、私は息を呑んだ。魔女や魔術といった現実離れした言葉ばかり聞かされてきた中で、イギリスといった具体的な地名が、かえって事態の現実味を増していく。


やがて、朱璃は山道の入口で立ち止まり、こちらを振り返る。


「着いたわ。ここが秘跡会の入り口よ」


「え?……でも、何もないけど?」


見渡しても、ただ山が広がっているだけだ。


「あなたなら感じるはずよ。空間の揺らぎを」


「空間の……揺らぎ……?」


私は言われた通りに、目の前の空間に意識を集中させる。


すると――


「あっ……なんか、建物が見えたような……? でも“揺らぎ”って感じは、よくわかんない……」


朱璃は少し考え込むようにしてつぶやいた。


「この結界は幻覚に近いからあなたでも感じ取れないのかしら……でも“見えた”って、どういうこと?」


「うーん……ほんの一瞬だけ。でも……あ! ぼんやりだけど、今も見える。あれ……学校?」


「……別空間にある建物を見たの? 無自覚にそこまで……」


朱璃は目を見開き、感嘆の息を漏らす。


「あなたを連れてきて、正解だったわ。その通り、ここには学校があるの。昔、神学校(しんがっこう)として使われていた廃校よ。礼拝堂とかも残っていて、魔術師にとっては都合がいいの」


そう言って、朱璃は空に向かって指を掲げ、魔法陣を描いた。


「姿を現せ」


一言の詠唱とともに、山の景色が波打ち、幻の幕がめくれるように姿を変える。その向こうに現れたのは、廃校となった古びた校舎――だが、ただの建物には見えなかった。


「す、すごい……」


天音は言葉を失い、ただその光景を見つめる。


朱璃は先に進みながら、振り返って微笑む。


「ようこそ、秘跡会へ――“虚空の魔女”さん?」


こうして、白鷺天音の“魔女”としての日々が、静かに幕を開けた。

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