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魔女の目覚めの刻  作者: でぃえぬ
第二章
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序章「死神」

夜の市街地。二つの影が音もなく走っていた。


一方は黒いコートを羽織った男、もう一方は制服姿の少女。見た目は中学生ぐらいであった。普通ならこの組み合わせは「男が追い、少女が逃げる」構図だろう――だが、今回は逆だった。


男は息を切らし、背後から迫る「死」のような気配を肌で感じていた。追いつかれたら終わりだという直感が、胸をぎゅっと締めつける。


「くそっ……なんであんな奴が出てくるんだよ。俺はちょっと稼がせてもらってただけなのに!」


愚痴を吐きながらも男は足を止めない。狭い路地に飛び込み、複雑に入り組んだ抜け道を懸命に駆けるが、距離はまったく開かない。行き止まりに追い詰められ、男は恐怖で背後を振り返った。


「自分から人気のない場所に潜り込むとは、助かりました」


無機質な声だった。振り向くと、そこにいるのは一見ごく普通の女子中学生──だが彼女の握る刀は明らかに真剣だった。剣道の竹刀でも、演武用の模擬刀でもない、人を殺すために作られた一振りだ。


「た、確かに俺は悪いことをした! でも俺は仲介人だ、雇い主を教えるから! だから命だけは……!」


男は必死に懇願する。彼は運び屋で、中身を問わず仕事を請け負う。通常なら税関で引っかかるような品物も、魔術を使って簡単にごまかす術を知っていた。成功率と無頓着さで界隈では名が通っていたが、それも永遠には続かない。


「私の任務は貴方を始末することだけです。どこかでお偉い方々の地雷でも踏んだのでは? しかし貴方が魔術を使って罪を犯したのは事実。弁解の余地はありません」


男は観念して、最後の足掻きを──逃げるための時間稼ぎを考えた。相手は凄腕だが、魔女ではない。自身の魔術師としの自信もあり、一瞬の隙を突けば逃げられるかもしれない。


「炎っ——!」


叫び声は男の首を斬るには遅すぎた。


一瞬だった。


太刀筋は完璧、速度は圧倒的で、一切の抵抗を許さず、男の首が切り落とされる。状況を説明すれば一行だが、魔術師相手にそれをやってのける者は限られる。しかもそれを成したのが年端もいかない少女であった。


少女は息を吐きながら、刀に付いた血を払うと、暗がりに視線を送った。


「いるんでしょう? 気配で分かります」


闇の中から声が返る。現れたのは金髪で露出の多い女──先ほどの男の取引相手らしい。


「別に殺す理由はない。大人しく捕まってもらえます? まあ、その後の命の保証はできませんけど」


「し、死神……」


「その呼び方、ちょっと傷つくんですよね。私だって年頃の女の子なんですよ?」


(そんなで女が刀を振り回すかよ……)


女は内心で愚痴をこぼすが、状況は詰んでいる。捕まった先に待つ運命を想像するだけで、逃れられない恐怖が襲う。秘跡会ならまだしも、少女の口ぶりから察するに、バックにいるのは国家に近い組織だろう。行く末は容易に想像できる。選べる道は最初から一つだった。


女は少女をじっと睨みつける。詠唱は不要。彼女の固有魔術は『魅了の魔眼』だ。


視線が刺さると、少女の身体は硬直した。女はその隙を突いて全力で突進をかける。


(魅了の効果は魔術師相手でもせいぜい数分。だが硬直に特化させれば十秒程度なら完全に動けないはず— ―—)


思考の最中、高速で何かが隣を通り過ぎ、女の目前で止まった。


「なんで……?」


「貴女を殺せば、その魅了は消えますかね? 結構つらいんですよ。あと、私は特に同性に興味はありませんので」


「化け物がっ!」


刀が一閃する。真紅の花が暗闇で散った。女の身体は切り裂かれ、倒れる。

少女はスマホを取り出し、淡々と任務完了の報告を送る。


「二人とも始末しました。バックがありそうですが、詮索しなくても良かったんですか?」


通話相手からいくつか返事が返ってくる。


「分かりました。後片付けはそちらに任せます。お疲れ様でした」


スマホを収め、少女は深く息を吐いた。

(やっぱり、お偉い方々の地雷を踏んだだけか。調査するって言ってたけど、たぶん嘘でしょうね。今日も今日とて世界は腐ってますね)


今回の依頼は「国のため」という体裁を取った私情の制裁にすぎない。魔術を使うチンピラ―――それだけの理由で一部の界隈から死神と称される少女を派遣する合理性はない。バックにいる組織に深入りする意思がないことからも伺える。


少女の名は天城夜空。秘跡会とは別系統の、古来より続く日本の魔術組織に属する忍びの末裔だ。表向きは国を守る「怪異討滅」の英雄だが、秘跡会の介入や神秘の希薄化、政府との癒着により、今の忍びはいつしか「都合の悪い魔術師の始末屋」へ変わっていた。


「にしても、死神か……別に私だって人殺しを楽しんでるわけじゃないんだけどね」


呟きは冷たい夜風に溶けて消えた。

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