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魔女の目覚めの刻  作者: でぃえぬ
第一章:虚空の魔女
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第十六話『二人の魔女』

魔女たちの死闘が決着を迎えたその瞬間、

もう一方の戦いも終わりを告げようとしていた。

辺りにはいくつもの氷塊が散乱している。


「……どうやら、彼女は失敗したようね」

雪蘭(シュエラン)が、戦いの余波が残る空の彼方――天音たちのいた方角を見やる。


「あの爆発……間違いなく神代の力だな」

天城蓮(あまきれん)が低く言い放つ。全身から気配を緩めることなく、雪蘭を睨んだまま。


「で、お前はどうする? 敵討ちでもしにくるか?」


「まさか。私はもう帰るわ。今回の役目は、あなたの足止め。それだけよ」

雪蘭はそう言いながらも、その目は冷たく揺らいでいた。


「……驚いたわ。まさか、この私と戦いながら、目の前に立って会話できるなんてね。あ

さすが、最強の魔術師の名は伊達じゃないのね」


「言ってろ。お前にその気があれば、魔界でも何でも作って殺してただろ」


「……ふふ、あなたなら破ってくる気がして、怖かったのよ」

その冗談とも本音ともつかない言葉に、蓮は何も返さなかった。


「じゃあ、さようなら。また生きていれば――会えるかもしれないわね」

その声と共に、雪蘭の姿は空気の中に溶けて消えた。


「……二度とごめんだ」

蓮は独り、溜め息まじりに吐き捨てた。


***


龍が雷を呑み込み、炎が空を裂いた。

アストラの姿は、閃光と轟音の中に飲み込まれて消えていく。

残ったのは、焼け焦げた空と、静寂。


天音と朱璃は、呆然とその場に立ち尽くしていた。

風が吹き抜け、煙の残り香が頬を撫でる。


「……終わった、の?」

天音が、震える声でぽつりと呟いた。


「たぶん、ね」

朱璃の声はかすれていたが、柔らかかった。


しばしの沈黙のあと、天音はふらふらと歩を進めて朱璃に近づく。

全身が痛み、意識も薄れそうだったけれど、それでもどうしても確かめたかった。


「朱璃さん……本当に……大丈夫、なんですか?」


朱璃はゆっくりと顔を上げた。

その目には疲労の色が濃く刻まれていたが、しっかりと天音を見つめていた。


「ええ……なんとか。あなたが、助けてくれたから」

そう言って微笑んだその表情に、天音の胸が熱くなる。


「……私の方こそ、朱璃さんがいてくれたから、勝てました」

声が震えるのは、疲れのせいだけではない。


朱璃は、ゆっくりと手を伸ばして、天音の手をそっと握る。

その手は少し震えていたけれど、確かに温かかった。


「怖かったでしょう?」


「……うん、すごく。死ぬかと思った」

天音は微かに笑って、けれど目元には涙が滲んでいた。


「でも……それでも、戦ってよかった。私は、後悔してない」


「……ふふ、なにそれ。格好つけちゃって」

朱璃は小さく笑った。けれどその目も、うっすらと潤んでいた。


そして―――


「……ありがとう。私を信じてくれて」

天音は、ぎゅっと朱璃の手を握り返す。


朱璃は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかに微笑んだ。


「当たり前でしょ。……だって私たち、“友達”なんでしょう? 天音」


その言葉に、天音ははっとする。

心の奥にあった、孤独や不安がすっと溶けていく。


「……うん。朱璃」

初めて名前を呼んで返すその声には、迷いはなかった。


―――


やがて風が止み、空には夜が静かに広がりはじめていた。

空は高く、星が滲むように瞬いている。



「私、これからも戦うことになると思う。たぶん、怖いことも、いっぱいあると思う。でも……」

天音は少し前を見据えるように言葉を紡ぐ。


「それでも、あなたがいるなら……私はきっと、負けない」


「―――ずるいわね、それ」

朱璃は笑いながら、言葉を返す。


「私だって……あなたがいれば、負ける気なんかしないわ」


2人の魔女は、互いの体温を確かめるように、しばらくそこに寄り添っていた。


こうして、虚空の魔女は目覚め、絆を手に入れ、敵を討ち果たした。

それは、後に語られる伝説の―――ほんの最初の一ページにすぎなかった。





夜が明ける。

幾度も空が焼けたその大地に、ようやく静寂が戻る。


天音と朱璃は、秘跡会の回収部隊に保護される形で、一時的な治療施設へと運ばれていた。

そこは拠点である廃校の保健室を利用した場所だった。


ベッドの上で、天音は静かに目を覚ます。


「……ここは……?」


「目が覚めたか」


見覚えのある青年が椅子に腰掛けていた。

長身の黒髪、鋭い目つき。だがどこか人間味のあるその声。


「……天城、先輩……」


「しばらく眠っていた。戦いの後、二晩まるまる寝ていたからな」


「……そうですか……朱璃さんは?」


「無事だよ。隣の部屋で眠ってる。君より少し回復が遅れていたが、問題はない」


安堵が胸に広がる。朱璃が無事──その事実だけで、天音の瞳が潤んだ。


「ありがとうございます……助けてくれて……」


蓮は首を振る。


「俺は何もしていない。俺が現場に着いたときには、もう勝負はついていた」


「……あの人……アストラは?」


「生きてはいる。だが、重症を負っていて、今は昏睡状態にある。しばらくは動けまい」


天音は深く息を吐いた。安心と、どこかの哀しみが交錯する。


「それと……セラフィナ。支配の魔女は、まだ動いている」


「……っ!」


ベッドの柵を掴む手に力が入る。


「今回はアストラが先陣だった。おそらく本格的な侵攻はこれからだ。君と朱璃の勝利は確かに大きな意味がある。だが……」


「戦いは、終わっていないんですね」


「ああ。むしろ、始まったばかりだ」


そう言って蓮は立ち上がる。


「ひとつ聞かせてくれ、白鷺。君は――これからも戦うつもりか?」


少しの沈黙。だが迷いはなかった。


「……はい。私はもう、目を背けない。誰かに言われたからでも、押しつけられた運命でもなく、自分で選びました」


「……そうか」

蓮の口元が、かすかに綻ぶ。


「その答えが聞けただけで、俺は満足だ。あとは、朱璃に会ってやれ。目を覚ましたら、きっと君のことを探すだろうからな」


部屋を出ていく蓮の背を、天音は見送った。


やがて隣の部屋。

扉を開けると、ベッドの上で朱璃が穏やかに寝息を立てていた。


「朱璃さん……」

近くの椅子に腰を下ろし、その横顔を見つめる。


(私たち、きっとまた戦場に立つ。でも)


このとき、天音の中には、確かに力とは別の“何か”が芽生えつつあった。

それはきっと、魔女としてではなく、“人間”としての気持ちだった。


不意に、朱璃のまぶたがゆっくりと開いた。


「……天音……?」


「おはよう、朱璃さん。いいや……朱璃」


2人の視線が交錯し、静かに、微笑みがこぼれる。


嵐の夜を超えて──

ふたりの魔女は、新しい朝を迎えた。



***


雪がしんしんと降り積もる。

吹雪が吹き荒ぶ山岳地帯を、ふたりの女がゆっくりと歩いていた。


そのうちのひとり、黒と紅のドレスを纏い、氷のような笑みを浮かべる女――セラフィナが口を開く。


「ふふ……白鷺天音。思った以上に楽しませてくれたわ」


もうひとりの女、銀の髪を翻す雪蘭が吹雪の中で歩調を崩さぬまま問いかける。


「……よろしかったんですか。殺さずに終わらせて」


「ええ。最初から殺すつもりなんてなかったわ。ただ、“目覚めるかどうか”を見たかったのよ」


「それじゃあ、アストラは……捨て駒?」


その言葉に、セラフィナは唇を弧に歪めて笑う。


「そんなことないわ。あの子は彼女を“覚醒”させるための、大事な鍵だったもの。役目は果たしたわ」


「……敗れて、秘跡会の手に落ちました」


「それは少しだけ誤算だったけれど、まあ、予定のうちよ。私の駒は壊れることも前提で動かしているから」


「もし、白鷺天音が目覚めず、死んでいたら?」


「なら、それまでの存在だったというだけ。わざわざ私のものにする価値もない。そうでしょ?」


氷雪の嵐の中、セラフィナは片手を広げ、空から舞い落ちる雪をすくい取る。

掌の雪片が彼女の熱に溶けずに、静かに凍りついたまま固まっていく。


「けれど、見せてくれたじゃない――あの“虚空の魔女”が。ならば、私も少し……本気を出さなきゃいけないわね」


「……どちらへ?」


「呪いの魔女の拠点よ」


雪蘭の目がわずかに細められる。


「中立を貫いていたはずの彼女に、手を出すおつもりで?」


「ええ。そろそろ、選んでもらう時期じゃないかしら。“世界の敵”として、私の配下になることをね」


風が雪を巻き上げる。

視界が白に染まる中で、セラフィナの笑みだけが、不気味に黒く浮かび上がった。


―――世界の闇は、静かに、だが確実に広がり始めていた。


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