表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の目覚めの刻  作者: でぃえぬ
第一章:虚空の魔女
14/18

第十四話『虚空の魔女』

アストラが止めを刺そうと槍を構え、天音に近づいた――その時だった。


―――異変が起きた。


アストラの表情が曇り、瞬時に数メートル後方へ跳ぶ。


「なんだ……? まさか、目覚めたのか……?」


その“異変”の正体は、目の前の白鷺天音の変貌だった。


ゆっくりと、しかし確かに――天音が立ち上がる。


その瞬間、蒼と白の光がふわりと彼女の身体を包み込んだ。光は静かに脈動し、粒子となって天音の全身を滑り落ちていく。制服が、まるで霧のようにほどけ、代わりに現れたのは――純白と蒼を基調とした、神聖な霊衣だった。

それは透き通る白銀のロングドレス。

裾と袖には夜空の星を思わせる細やかな刺繍がきらめいている。背中には光の羽根のような意匠が浮かび、足元には白銀の編み上げブーツが静かに揃う。全体は華美ではない。それでもどこか――神の意志を代行する天使のような荘厳さを湛えていた。


だが、変化はそれだけでは終わらなかった。


柔らかな茶髪は、光の粒にほどけながら雪のような純白へと染まり、空気のないはずの場所でふわりと舞い上がる。瞳もまた、かつての色を手放し、蒼と白の狭間で揺れるような光をその奥底に宿す。


まるで、空そのものを映したような眼差し――それは、もはや人間のものではなかった。


彼女は変わった。

白鷺天音ではなく、虚空の魔女として――この世界に、いま確かに“目覚めた”のだ。


「……霊衣かッ!」


アストラは即座に雷を放ったが、そのすべてが天音の前で曲がり、逸れていく。


「チッ、いいぜ……もう一度殺ってやる!」


雷の魔女が吠え、槍を構える。


だが、天音は静かに言い放つ。


「悪いけど、あなたに負けるわけにはいかない。それに、そもそも――負けるとも思っていない」


「……は?」


「あなた、ずっと行動がブレている。最初からそうだった。朱璃さんと“ゆっくり戦いたい”って言ってたけど、最初に狙ったのは私でしょう?」


「…………」


「朱璃さんが庇うって、最初から予想してたんじゃない? それに、セラフィナに従ってる理由も……本当は、迷ってるんじゃない?」


「……テメェ……殺す」


「図星? 悪いけど、殺されてなんかあげない」


天音は手を翳した。


「何度やっても同じだ。テメェの遅い弾なんか、当たらねぇんだよ!」


(――そうだ。虚空の弾じゃ当たらない。だから……考えろ。あいつに勝つ方法を)


先ほど謎の女性と話してから、天音の魔女としての力は飛躍的に高まっていた。そして、まだ知らぬ魔法さえも扱える――そんな直感があった。


だが、それは“自分の力”ではない。だからこそ、私は――私自身の力で戦う。


それが、私の“エゴ”。理由なんていらない。私がそうしたいから、ただそれだけ。


(イメージ……イメージが大切)


朱璃の言葉を思い出し、天音は虚空の塊を生み出す。それを薄く、鋭く、平たく成形していく。


出来上がったのは――空間の刃だった。


「――断って!」

刃が空間を切り裂き、アストラへと迫る。


「なっ……!?」


ギリギリで回避したアストラの頬に、わずかに赤い筋が走る。


「当たった……! もう一度!」


天音は再び空間の刃を生成する。今度は、より鋭く、より広く。


「舐めるな!」


アストラが神速で突進する。あの速度では捉えられない――ならば、数を増やす。


天音は空間の刃を三枚、五枚、そして十三枚へと展開。一斉に撃ち放つ。


「―――!」


アストラは神憑った動きで、すべてを避けきった。


(それでも……当たらない!? なら――!)


次のイメージは、虚空の塊を無数の小弾へと分裂させることだった。


散弾となった虚空の弾が雨のように降り注ぐ。


アストラは高速移動でかわし、どうしても避けきれない弾は槍で受け流す。かすり傷は与えても、致命打にはならない。


(あの人……強い。でも、私も――!)


再び虚空の弾丸を展開し、撃ち込む。

しかし、先ほどと同じで致命打は与えられない。

やがて、天音の弾は尽きる。


「いいぜ……今度はこっちの番だ。全力でいくぞ」


アストラの槍に、禍々しい雷の気配が宿る。


(この一撃は……小細工じゃ通じない)


ならば、全力で迎え撃つ――。


「―――!」


アストラが神速で迫る。


槍が、天音の心臓を貫こうとした――その瞬間。


天音は、目の前に虚空を形成していた。


槍は止まらない。だが、虚空は数百メートルの距離を圧縮しているため、天音の心臓にはすぐには届かない。


そして天音は、寸前で虚空を再生成し続け、無限の障壁を築いていく。


「貫け―――!」


「守れ―――!」


ふたりの魔女が、それぞれの魔法をぶつけ合う。


虚空の形成が追いつかなくなり、ついにアストラの雷槍が天音の防壁を突き破る。


その余波で天音の身体が吹き飛ばされた。


「くっ……!」


「驚いたぜ。オレのこの一撃を防ぐ奴なんて、初めて見た」


アストラは満足げに笑い、続ける。


「認めてやる、お前は強い。だが――オレの方が、強い。これで終わりだ」


「何を……勝負は、まだ―――」


天音が言いかけたその瞬間、世界が――揺らいだ。


「跪け。我が雷霆に―――魔界構築《雷獄宙園》」


アストラが詠唱を終えた瞬間、世界が変貌した。


天音の目の前に広がるのは、黒く渦巻く雷雲の只中。現実の景色は霧散し、果てのない空中――足場すらないはずの空間なのに、彼女たちはなぜか立っていられた。


「これは……?」


「……“魔界”よ」


膝をついたまま、朱璃が答える。


「朱璃さん……! 目が覚めたんですか!?」


「なんとかね。聞きたいことは山ほどあるけど、それは後。これは“魔界”……魔女が魔女たる所以。世界を、自身の属性で塗り潰す極大魔法。……もはや奇跡の領域よ」


雷雲が唸り、稲妻が天音たちを貫こうとするが、天音の空間魔法が雷をねじ曲げ、進路を逸らした。


「今のところは何とかなるけど……ずっとは持たないかも。どうすれば……」


「対処法は一つしかないわ。同じ“魔界”をぶつけるしかない。だから魔術師――人間じゃ、絶対に魔女には勝てない。魔界での魔女は、ほとんど神よ」


「魔界……」


――きっと、作れる気はする。あの“白い世界”を視てから、自分の中には本来の自分じゃない“何か”があると感じていた。それを使えばこの状況を覆せるかもしれない。


でも、それは白鷺天音の力じゃない。


(けど――覚悟を決めるしかない。このままじゃ……朱璃さんと、私、どっちも死ぬ)


その結果、自分じゃない自分になったとしても、最優先は二人で生きて帰ることだ。

ならば―――


「呑まれろ。我が虚――」


詠唱を始めようとしたその時、天音の背筋にひやりとした感覚が走る。


「……これは……まさか……」


胸の奥でざわつくその違和感の正体に気づき、天音は急ぎ朱璃に駆け寄り、耳元で囁いた。


「朱璃さん……――――――――」


朱璃は一瞬、目を見開く。


「……わかった。でも、あなた……それじゃ……」


「大丈夫。きっと、なんとかなる。いや、してみせる!」


天音は微笑み、確信に満ちた瞳でそう答える。


「……任せたわ」

その表情と言葉を朱璃はただ信じることにした。


再び天音はアストラと対峙する。先ほどの違和感――それは、かつて何度も感じたものだった。


("空間の揺らぎ”……。あの異界とは違う。あれは“扉”を作ることしかできなかった。けど今は違う――)


魔界。それは魔女が作り出した“偽りの世界”。すなわち、“虚空”。


ならば、そこは――


虚空の魔女(わたし)の領域だ」


その言葉と共に、天音の足元から亀裂が走る。世界にヒビが入った。


しかし、それはアストラの圧倒的なオドによって即座に縫い直される。


「てめぇ……オレの魔界を崩すつもりか!? させるかよ……!」


ひび割れが修復されるたびに、天音はさらなる歪みをぶつける。次第に修復の速度が追いつかなくなり、魔界はじわじわと侵食され始める。


「チッ……魔界の修復は切り捨てる! 全リソースをお前一人に集中だ!」


アストラが怒声と共に、天音へ雷撃の雨を降らせる。


「くっ……!」


空間を歪め、弾道を逸らし続けるが、限界は近かった。


(ダメ……このままじゃ魔界を壊す前に、私がやられる……)


世界を崩すイメージを探る。けれど、破壊できるのはせいぜい歪みまで。最後の一手が、ない――!


その瞬間。


頭の中に、ふと**“形”**が浮かぶ。


その違和感を、逃がさない。


イメージしろ。形を成せ。重ねろ。幻想を、現実と。


その“影”に、手を伸ばす。


――次の瞬間。


それは現実に、現れた。


天音の手に握られていたのは、透明な、無色の剣。


虚空の魔女の霊装――その名も知らぬ、透き通った剣。


何の素材で、どんな力を持つのか。それは分からない。ただ、確かに“これ”だと分かる。


天音は剣を構える。吸い込まれるように、腕が自然に動く。


そして――一閃。


――ザンッ。


世界が、裂けた。


まるで絹を割くように、音もなく。


たった一振りで、アストラの“世界”は崩壊した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ