第十二話『雷霆の魔女』
「ふぅ……とりあえず、あらかた片付いたわね」
霊衣がゆっくりと消滅し、制服姿に戻る神代朱璃。
「思ったよりあっけなかったですね……」
白鷺天音は周囲を見渡し、増援の気配がないことを確認して安堵の息をつく。
「これだけで終わるとは思えない。警戒は解かないで。
魔女に勝てる魔術師なんて、存在しないわ。いるとしたら―――」
「サポートはいらないって言ったのに、あいつ耳ついてねえのか?」
朱璃の言葉を遮るように現れたのは、くすんだ金髪を持つ女。黒のジャケットにジーンズ姿――アストラだった。
(いつの間に……!?)
直前まで気配はなかったはずだ。朱璃の背筋に冷たいものが走る。
「え……どこから来たの……?」
状況を飲み込めない天音が戸惑いながら呟く。
「予想通り、アホそうだな。こいつはさっさと殺すか」
―――瞬間、天音の身体を目がけて何かが神速で飛来した。
「―――危ないっ!」
朱璃は咄嗟に天音を突き飛ばす。だが飛来物は朱璃の肩を掠める。
バジッ!
異音と共に衝撃が全身を襲い、視界が明滅する。
「朱璃さん!?」
「くっ……!」
即座に防御術式を展開していたが、それでもこの衝撃。
意識を保ったまま全身に回復術式を巡らせ、朱璃は自分の状態を把握する。
「……電気……?」
先ほど朱璃を貫いた槍を拾い上げながら、女が口を開く。
「なんだ、かばいやがったか。お前とは後でゆっくり殺り合いたかったのに。まあいいや。そんでその疑問、正解。オレは“雷霆の魔女”アストラ。恨みはないが、お前ら二人とも殺す。よろしくな」
そう言い放つと、アストラの身体が霊衣に包まれる。黒のハイネックに鎧を纏い、左右非対称のスリット入りスカート。金色の雷をまとい、漆黒の衣を翻すその姿は、まさに戦場の雷神。
「雷霆の魔女……?」
「無冠者側についた魔女の一人。名の通り、雷を司るわ」
朱璃が冷静に分析する。
「あなたが注意すべきは雷撃。それは空間を曲げることで逸らせるはず。でも問題は、あの速度と槍ね。あれは恐らく霊装。直撃すれば致命傷どころじゃ済まない。あなたの防御では、掠っただけで終わる可能性が高いわ」
「そんな……どうやって戦えば……」
「あなたは戦わなくていい。ここは私が止める。援護をお願い」
「でも、その怪我じゃ……!」
天音の叫びに、朱璃は微かに笑って見せた。
「そろそろ始めてもいいか?まあ、良くなくても始めるけどなッ!」
アストラが一瞬で距離を詰めてくる。
「……あまり舐めないで」
霊衣を再展開し、朱璃は炎の壁を瞬時に生成。突撃を食い止める。
「チッ。やっぱその炎、厄介だな……だが、距離を取れば関係ねぇ!」
アストラが天を仰ぎ、頭上に複数の魔法陣を展開。雷撃が周囲に降り注ぐ。
朱璃は即座に天音の元へ下がり、叫ぶ。
「天音さん、お願い!」
「分かった!」
天音は空間を曲げ、雷を逸らす結界を展開。すべての雷撃を回避することに成功する。
「今度はこっちの番よ」
朱璃が指を向けると、先ほど遠方の魔術師たちを一掃した魔法陣が展開される。しかも今度は一挙に10に増加。
「撃て」
十発の灼熱がアストラへと放たれる。凄まじい火力の炎が地面に突き刺さり爆発する。しかし―――
「威力はすげぇが、当たらなきゃ意味ねぇんだよッ!」
アストラは神速で全ての炎弾を回避、槍を構えて静止する。
「もう終わりか?こりゃ残念。もっと抵抗してくれると面白かったんだがな」
「それはこっちのセリフよ」
朱璃が指を鳴らした瞬間、アストラの足元から業火が噴き上がりアストラを包み込む。
―――これで決まった。
……そう思った直後。
「ガハッ」
倒れたのは朱璃だった。腹に、アストラの槍が深々と突き刺さっている。
「朱璃さん!?どうして……」
「いやー危なかった。マジで焼かれるとこだったぜ。でもな、オレの霊衣は雷に耐性あるから当然、熱にもある程度は強い。炎の魔女がこの程度とはな……最初の傷のせいか、出力がショボすぎたぜ」
倒れながら、朱璃は苦しげに息を吐く。
「……自分でも気づかないほど消耗してたなんてね……天音さん、逃げて。あの速度と槍、今のあなたには防げない」
「そんなの無理です!逃げてもすぐ追いつかれちゃう!」
「そこは私がなんとかする……切り札はある。時間を稼ぐぐらいなら……」
朱璃の目は真剣だった。本当に、時間くらいは稼げるのだろう。
だが―――
「朱璃さんは……逃げられるの?」
その問いに、朱璃は目を逸らす。それだけで、十分な答えだった。
「いい?私はここで倒れても、大局には影響ない。けど、あなたは違う。虚空の魔女の力は、この世界を変える最後の鍵なのよ。だから逃げなさい」
朱璃は正しい。きっとこれが最適解だ。
「きっと朱璃さんの言っていることは正しいんだと思う。でも……私は間違っていたとしても、朱璃さんを見捨てたくない」
「だけど……このままじゃ……!」
天音は立ち上がり向かい合う。
「私だって……!」
空間を圧縮し、虚空の塊を放つ。だが、アストラの速度では当然、当たらない。
だが、それは陽動。本命は―――
天音の元まで近づいたアストラが槍を振りかぶり天音に突き刺さる瞬間、槍先が空間に呑まれ、消滅する。
「……ふーん?」
アストラが立ち止まる。
そう、裂かれた空間へ誘い込む。それが天音の狙いだった。
「なるほど、空間を切ったか。便利な能力だが――目覚めるのが遅すぎたな」
アストラは槍を再構成し、再び雷撃をいくつも放つ。天音は必死に空間を逸らし耐えるが、ついに一撃が掠め、倒れ込む。
「ぐっ……!」
「天音さん!」
朱璃が叫ぶ。
「……大丈夫。掠っただけ……」
「もう、充分よ。逃げて……!」
「それだけは……嫌だ。朱璃さんを見捨てるくらいなら、死んだ方がマシ」
「な、なんで……」
「だって、私たち友達でしょう?友達を助けるのは――当たり前だよ。ここで朱璃さんを見捨てたら、私は……もう前を向いて歩けないから」
「……!」
―――思えば、最初からそうだった。
礼拝堂で「逃げるか戦うか」と問われたとき、天音はすぐに戦うと答えた。
白鷺天音の強さは、その“覚悟”にあるのだろう。
なぜここまで突き動かされるのか……それは、彼女自身もまだ知らない。