第十話『開戦』
放課後、帰り支度をしていると、いつものように友人のゆいが話しかけてくる。
「結局、天音は部活入らなかったんだ~。やっぱり、あの“愛しの先輩”のせいですか?」
「何回も言ってるけど、違うってば……。バイトを始めただけ」
あれから何度も説明したが、ゆいの誤解は一向に解けなかった。
(聞かれるだろうと思って色々考えといてよかった……)
「へぇ~、どこで?」
「んー……喫茶店。ちょっとおしゃれなとこで、先輩も優しいし、いいとこだよ」
これも想定内の質問だ。
「ふーん……じゃあ今度、遊びに行っちゃおうかな。どこのお店?」
「えっ!? そ、それは……恥ずかしいから内緒……!」
これは想定外だった。慌てて言い訳をひねり出す。
「もしかして……いかがわしい店?」
「それだけは絶対にないからね!?」
「はいはい。天音にそんな勇気ないの、分かってます~。じゃ、私は部活行ってくるね」
「はぁ……」
去っていくゆいを見送りながら、白鷺天音はため息をつく。
彼女と知り合ってまだ浅いはずなのに、秘跡会の面々より振り回されてる気がする。
「天音さん、帰りましょう」
声をかけてきたのは、神代朱璃だ。
「うん、帰ろっか」
二人は教室を出て、いつものように並んで帰路につく。最近は無冠者の動きが不穏なため、朱璃と一緒に登下校していた。
道中、天音は前から気になっていたことを尋ねる。
「そういえばさ……魔法って、魔力を使わないんでしょ? なのに、なんであんなに疲れるの?」
「それはね、自分の“命”を削ってるからよ。“生命力”とも呼ばれるもの……オド、と言うんだけど」
「命!? それってすごく危なくない……?」
今まで気軽に使っていた魔法の“燃料”を知り、ゾッとする天音。
「まあ、命っていっても“体力”のようなものよ。運動すれば疲れる、それと同じ。無理をすれば命に関わるけど、自分の限界は本能的に分かるから基本的にオドの使いすぎで死ぬことはないわ」
「なるほど……」
少し安心しながらも、不安が残る天音。
***
数十分後。
そろそろ秘跡会に着くという頃、ふと、違和感を覚える。
(……なんだろ。人が、いない……?)
いつもならちらほら見かける人影が、今日は一切ない。
「まずいわね……」
朱璃が低くつぶやく。
「人払いがされてる。監視にあたっていた魔術師たちとも、連絡が取れない……」
「えっ、それって……」
「警戒して。必ずしも守り切れるとは限らない」
その瞬間、
―――ヒュッ。
空気を裂いて飛来する氷の矢。
朱璃は一瞥することもなく、それを炎で焼き払った。
「舐められたものね」
さらに次の矢。だが同様に、彼女は落ち着いて処理し、矢の飛んできた方向に指を伸ばす。指先に魔法陣が展開され、圧縮された炎が撃ち出された。
―――轟音と共に、爆炎が敵地を包む。
「す、すご……!」
天音は思わず息を呑む。
異界で見たときよりも、遥かに強大な魔法。その威力に圧倒される。
(これが……本気の朱璃さん……)
「まだ終わりじゃない。警戒を解かないで」
次の瞬間、朱璃の全身を焔が包み、制服が和風の巫女装束のような衣装へと変わる。
―――霊衣。
魔女が力を十全に発揮する際に纏う装備。対魔力、対物理などの特殊効果を持ち、魔女の“権能”とも連動しているという。天音にはまだ使えないが、朱璃はすでに完全に使いこなしていた。
そのとき、物陰から複数の魔術師が飛び出してきた。
朱璃は迷いなく、炎で迎撃する。
「天音さん、自分の周囲の空間を“曲げて”。これで奇襲や私の魔法に巻き込まれる心配はなくなるわ」
「わ、分かった!」
天音はこの一週間で最も練習した魔法――自身を包むように空間を曲げる魔法を発動。
手の刻印が淡く輝く。
そして始まる、魔女と魔術師たちの戦闘――だがそれは、圧倒的な一方的蹂躙を意味していた。
なぜなら魔術師が、魔女に勝てるはずがないのだから。