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第三話「これから」

「異世界ホームレス」


第一部 ホームレス編 三話

「これから」



「ほらほら、こっちこっち!」

マオが弾むように俺を先導する。

やがて彼女が俺を連れてきたのは、小さな木造の屋台の手前だった。

やはりお世辞にもきれいとは言えないが、温かい食べ物のいい匂いがする。

腹の減ったままの俺の胃にはクリティカルヒットだ。


だがまさか、この前でこじきをやるのだろうか?

営業妨害だとドヤされるのではないか。

そう心配していると、

「どうしたのさ、朝メシ食べるよ、私のオゴリだ!」

ああ、なら良かった。でも未成年にオゴってもらっていいのかな……。

「東方の民は、客人を厚くもてなすものだからな!」

ありがたい文化だ。


そう言ってマオは屋台の主人のおやじに何か注文していた。

やがておやじからぱぱっと出されて来たのは、Vの字に切れ込みを入れた薄いパンに、薄切りの肉と野菜を挟んだ簡素なサンドだった。

「――俺の分だけ?」

そう、マオが持って戻って来たサンドは一つだけだ。

「私はもう朝メシ食べてるからね!」

と言って、彼女は屋台の向かいの建物の石積みの土台に向かい、腰掛けて隣をぽんぽん叩いて俺を誘った。

後になって思ったのだが、もしかするとこのとき彼女はちょうど二人前を買うゆとりが無かったのかもしれない。だけれども客人の俺をもてなしたのだ。



食べている間、彼女は街のことを簡単にいろいろ教えてくれた。

この街は例のティリス大陸の西方にありポルトという名であること。

港のがあり活気のある商業の街だ。人口が多くホームレスもまた少なくない。

また、白い布をひたいに巻いた白戦士団を名乗る過激な連中と衛兵、それに街を取り仕切るホーン家の息のかかった者に逆らうとひどい目にあうこと。

かいつまむと、そんなところだろうか。


「さあ、さっそく行こう! 物乞いの場所取りあらそいは戦争だよ!」

俺が食べ終えたのを見ると、彼女はそう言って腰掛けていた段から立ち上がり、それからまた元気よく駆け出した。




 彼女が選んだ物乞いの場所は、大きくて装飾の目立つ館の前だった。

こんなところでして大丈夫なのだろうか?

「ここはね、享楽の薔薇の館ことイスパハン。金持ち連中がギャンブルをしたり女と寝る場所だよ」

はーん。薔薇の館は庶民の敵か。

「まぁまぁ。むしろ私たちホームレスには味方だよ。なにせ金持ちたちは仲間や女の手前じゃ慈悲深く、気前よくならないとだからね。実入りがいいよ」

嬉しいような、少々嫌なようなだなぁ。

「何でも気にしすぎると負けだよ」

ちょっと納得。



「いい? この石敷きの地べたの上に、こうやってずたぼろの敷物を敷くでしょ?」

マオはてきぱきと準備と説明を進める。

「ここに座って、このうつわを前に置いておくの」

彼女は茶色い素焼きの容器を置いた。

敷物や石敷きの上で目立つからこの色が適しているのだそうだ。

そして置いておくことで、通行人にコインを投げ込む目印ができて集めやすくなるというわけ。


「金が溜まったら、安い小さな硬貨を数枚残して他は懐の袋にしまうんだ」

残す硬貨は目立つ白銅貨などがよいらしい。

なぜかというと、金を見せすぎていないこと。

それとすでに誰かが施しをしていることが通行人へのアピールになるんだとか。なるほど?


「それで、一番大事なのが金持ち連中に呼びかける口上だ」

彼女はよく通る声で唱えだした。

右や~ 左の~ 旦那様~~ と、例のこじき言葉を。

それは惨めさを出すとかではなくて、しょせんこの寄付行為は形骸化したものなので通行人によく聞こえる声のほうがよいそうだ。



俺たちが並んで路上に座っていると、薔薇の館の表に看板が出され、客引きが並んだ。

いよいよ開店だ。

だがまずは来店客よりも先に、女と泊まっていた前日の客が中から出てくる。

一番最初に、美しいがやはりけばけばしい遊女と数人のとりまきを伴って出てきたのは、いずれまた会うことになる嫌な男だった。


商家ながら赤い貴族ばりの服を着て、金髪に整った目鼻立ちをしている。

彼は貫頭衣姿の俺をいちべつすると周りに聞こえるように鼻で笑う。

「意地汚い。ほどこしが欲しくてとうとうこのような格好をする者まで現れたか」

そして彼は両手を広げて笑った。周りの男たちもやむなく追従する。

「欲しかろう、くれてやる」

そう言うと、こうべを垂れるマオの隣で、ついぽかーんと顔を上げていた俺の顔へと勢いよく銅貨を投げつけた。

「いてっ!」

顔を抑える。何かを言いかけた。

その俺を思ったよりも強い力で、マオは手で抑えこんで上半身をかがませた。

「おありがとうございます~~」

ぐっと、俺は言葉を飲み込んだ。つらい思いを押しつぶした。



「全く、いやらしい連中だ!」

睨みつけるような視線を向けながら、男はマオに向けてツバを吐く。

それはマオの髪にぴしゃりとへばりついて垂れた。

俺はかっと全身の血が湧いたかのように感じた。

「おい!!」

敷物の上に立ち上がり、俺はその男をにらみつけた。


周囲がぴりと張り詰めた空気になる。

「なんだ? 畜生ふぜいがどうしたというのだ」

男は腰の剣に手をかけた。

しかし、その会話にけばけばしい女が割って入る。

「旦那様、こんな者を切っても剣が汚れるだけですわ。それよりも早く大正亭に行ってあさげとしましょう」

いわく、遊女になる者には元がこじきやそれ同然の者も少なくないそうだ。

といっても全ての遊女がこじきに同情的なわけではないが、この女は慈悲があったようだ。

男は姿勢をもどした。




「――そ、それでは旦那様がた、大変失礼いたしましたーー!」

いつの間にか後ろで敷物など一式をしまいこんでいたマオは、さっと俺の腕を掴むと引っ張りながら路地裏へ向かって逃げ込んだ。



「もう、あの豪商ドラン家のガストン様ににらまれたら、ホーン家ほどじゃなくてもこの街じゃ生きていけないくらいだよ?」

「ごめん、つい、マオがやられてかっとなって……」

俺は手で、彼女の髪に着いたツバを払い落とした。

それでも、あんなに胸が熱くなったのはいつ以来だろう。

「まぁ、東方の女は髪が命だからね。――それでもこの街で、この身分で生きていくにはもっとしたたかでタフな大人になってもらわないとね!」


それから俺達は、気を取り直して別の場所でこじきをして日が暮れた。



ボロ小屋に帰ってきた俺たちの話を聞いて、ゴンさんはたのもしく笑った。

「今回はマオたちに助けられたな! これからしっかりして行くんだぞ。ははは」

そして俺はついに貫頭衣を卒業した。

ねずみ色のあちこちに継ぎ当てのある粗末な服。暖かい。

「これでマシな仕事ができるな。お前の人生、これから、これから!」

ゴンさんは俺の背中をばしばし叩く。

「そうそう、これから!」

マオも同意する、

新しい人生、これからかぁ。いいね!

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