第95話 共に歩く夜
「セレナ」
「うん、イギリスに近づいてきた。多分……G.O.Dの偵察部隊」
「交戦は避けられそうにないな」
「そうみたい」
遠く、足音と気配が近づいてくる。
数は少ない――だが、洗練された、プロの動き。
エンドは静かに仮面を取り出し、顔にあてた。
それは、もう孤独を隠すためではない。
"共に歩く証"――この道を、誰かと選び取るための顔だった。
セレナもまた、剣の柄に手をかける。
抜き放たれた刃が、月なき夜に静かに光を宿す。
それは、"隣に並ぶ意思"――たとえどんな夜でも、背を向けず共に在るための剣。
二人は互いに言葉を交わさない。
ただ、その立ち姿だけで、意志を交わしていた。
やがて、影たちが姿を現す。
黒衣に身を包んだ兵士たち。
その胸には――G.O.Dの紋章。
「G.O.Dだ……今は魔物が多い。できれば早く立ち去ってほしい」
隊員の一人が、低い声で告げた。
敵意は、まだない。
だが、銃型のレヴナントは、いつでもこちらを撃ち抜ける位置にある。
「もし、それ以上近づいたら――無理やりでも帰らせないといけない」
隊員のもう1人がが静かに言う。
その声は、酷く冷静だった。
戦いを望んでなどいない。
だが、道を譲るつもりもない。
セレナが一歩、踏み出す。
「……ごめんなさい」
彼女は真っ直ぐ、G.O.Dの兵士たちを見据えた。
「私たちには、目的があるから」
その瞬間だった。
兵士たちの動きが、わずかに鋭くなった。
「目標、捕捉」
「警告に従わず――交戦準備」
無機質な声が交錯する。
――そして、空気が裂けた。
銃声。
剣戟。
一斉に飛びかかる影たち。
エンドは仮面の奥で目を細める。
「……行くぞ、セレナ」
「ええ――!」
刹那、二人は跳び出した。
エンドの影が、地を這う。
セレナの銀光が、闇を裂く。
交差する夜の中――
二つの命が、確かな意志で駆けた。
銃声が夜を切り裂く。
だが、エンドは動じなかった。
跳躍と共に影へと溶け、次の瞬間には兵士の懐に潜り込んでいた。
レヴナント弾が空を裂くが、その影は寸前で躱す。
エンドは無言のまま、右手を軽く振った。
飛び散る血液――否、“血弾”が放たれる。
狙いは、兵士の腕。
バン、と小さな音。
銃ごと手を弾かれ、兵士の動きが止まった。
骨を砕かないギリギリの加減。
意識を奪わず、ただ武器だけを無力化する――
それがエンドのやり方だった。
一方、セレナは――
銀光を纏った刃を走らせる。
兵士が突き出してきたレヴナントの銃身を、
すんでのところで刃の”峰”で叩き払う。
「っ!」
驚いた兵士の動きが乱れた瞬間、セレナは一気に間合いを詰めた。
そして、躊躇なく。
剣の柄で、兵士の胸を叩く。
ドン――と鈍い音。
だが、決して致命傷ではない。
あくまで、動きを止めるだけの一撃。
兵士は息を詰まらせ、その場に膝をついた。
「っ……この化け物ども!」
別の隊員が叫び、強化レヴナントを構える。
だが、エンドはすでに動いていた。
影から現れた彼は、その銃口に指をかざす。
瞬間、血が脈打ち、銃身内部にまで染み込む。
「……甘い」
ぽつりと呟く。
次の瞬間――
内部で血が凝固し、銃の機構そのものを破壊する。
バキィッ!
金属音と共に、兵士の手の中でレヴナントが砕け散った。
一撃必殺ではない。
一人も殺さない。
だが、彼らの進行を、確実に止める力。
「制圧完了」
セレナが、静かに呟く。
彼女の剣もまた、一滴の血すら――敵の命を奪うことなく収められていた。
辺りに静寂が戻る。
気絶した兵士たちが、草むらに横たわるだけ。
エンドは仮面の奥で、静かに息を吐いた。
――歩みを止めない。
誰の命も、無駄にしない。
それが、今の彼らの闘い方だった。
夜の風が、ふたりの間をそっとすり抜けた。
そして、エンドとセレナは再び、無言で歩き出す。
夜は、ただ静かだった。
気絶した兵士たちを一瞥し、エンドはそっと仮面に触れる。
冷たい感触が、今の自分を確かめる。
かつては、孤独を隠すために纏った仮面。
今は――誰かと、共に歩むための証。
エンドは微かに目を伏せ、そして歩き出す。
隣では、セレナが剣を静かに収めた。
刃には、血も、憎しみも、宿っていない。
ただ、守るためだけに抜かれ、戦った剣だった。
ふたりは言葉を交わさなかった。
だが、沈黙の中でこそ、確かなものがあった。
互いに、理解している。
互いに、信じている。
夜風が、またひとつ、吹き抜ける。
それは冷たい。
骨の髄まで染み渡るような、孤独な冷たさ。
けれど、その中にあっても――
二人の歩幅は、静かに揃っていた。
空を見上げれば、そこには何もない。
新月。
吸血鬼にとっては、本来、好機のはずの闇。
だが、今夜の闇は違う。
何も見えない。
何も照らされない。
どこまでも無慈悲で、どこまでも冷たい。
――それでも。
エンドは、歩みを止めない。
セレナも、隣にいる。
たとえ光がなくても。
たとえ世界が背を向けても。
彼らは、自分たちの意志で、前へ進む。
やがて、セレナがふっと笑った。
「……エンド」
「ん?」
「あなたの仮面、変わったね」
エンドは、一瞬だけ驚いたように彼女を見た。
だが、すぐに――小さく笑った。
「ああ。変わったよ」
仮面を撫でる指先に、微かな温もりがあった。
「もう、独りじゃないからな」
セレナも、そっと笑う。
互いに多くは語らない。
けれど、それで十分だった。
彼らの間にあるものは、言葉よりも確かだった。
夜は、なおも冷たい。
だが、ふたりの影だけは、揺るぎなく――並んでいた。
そして、遠い彼方に。
まだ誰も知らぬ、新たな戦いの気配が、かすかに震え始めていた。
それでも。
二人は歩く。
終わりなき闇の中を、希望という名の微かな光を携えて。




