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《エンド : 夜を継ぐ者 ― 孤独と赦しの果てに》  作者: you
Chapter V: Throne of the Forsaken
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第86話 結団の六対

 エリシアの双鞭が宙を裂くたび、空間が悲鳴を上げる。


 一方を受ければ、もう一方が首を狙う。

 防げば、裂かれる。避ければ、貫かれる。

 その“舞”は、まさに死を紡ぐ赤い円舞だった。


「っ……クソ……!」


 ルアンの拳は届かない。

 人狼化による俊敏さで斬り込むが、鞭が弧を描くたびに軌道を逸らされ、返す掌で防御に回らざるを得なかった。


「……ちょこまかと鬱陶しい」


 エリシアの舌打ちと同時に、右の鞭がルアンの足元を狙う。

 反射的に跳んだ瞬間、今度は左手の鞭が頭上を薙いだ。


「っ――!」


 腕で受けたが、鞭は鋼にも等しい硬度と切断力を持っていた。

 裂かれた袖から赤が滲み、ルアンの身体がよろめく。


「……こっちも少しは本気を出すか」


 ネムが背後から霧を放とうとするが、それすら読まれていた。


「遅いわよ」


 エリシアの左鞭が滑るように伸びる。

 ネムの手首に巻きつき――引き寄せる。


「しまっ……!」


 エンドが影を伸ばすも、エリシアの右の鞭が牽制するように空間を叩き、影が霧散した。


「お行儀が悪いのね。息を合わせるのは、貴族の舞踏では基本中の基本よ」


 そのままネムの体が地面に投げられた。


「……ッぐぅ……!」


 背中を叩きつけられた衝撃で、息が詰まる。


「ネム!」


 エンドの声が走るが、彼自身もまた――動けなかった。


(見切られてる……)


“咎”と“赦し”の二刀を構えながらも、エリシアの動きは一手先どころか、三手先を読んでいるようだった。


 影を出せば封じられ、踏み込めば誘い受け。


(速い……それだけじゃない。読まれてる……俺たちの呼吸も、動きも……)


 エンドが歯を食いしばったとき。


「夜の王? 笑わせないで。貴方たち、全員“見えてるだけ”じゃない」


 エリシアの声が降り注ぐように響く。


「“見えてる”ことと、“見切れる”ことは違うの。貴族として、それくらい覚えておきなさい?」


 エンドたちは動けなかった。


 ルアンは肩で息をし、ネムは一歩も動けず、エンドは一瞬たりとも視線を逸らせない。


 ただ、ノイだけが――まだ動けず、震えていた。


(このままじゃ……)


(全員、潰される)


 戦況は明らかに、崩れていた。




「先に――“足引っ張りさん”から、やりましょうか」


 エリシアの声音は、まるで舞踏会の開幕を告げるように優雅で、恐ろしいほど冷たかった。


 次の瞬間、空を薙ぐ紅。


 シュルル――


 ノイの両手首に、細く鋭い血の鞭が巻きついた。


「う、あ……っ!」


 声にならない呻きが、ノイの口から漏れる。

 柔らかな鞭のはずなのに、まるで焼けた鉄線のように食い込む感触。

 皮膚が裂け、血が滲み、引き寄せられるように身体が前へ倒れる。


「ノイ、貴方は可愛かったわ」


 エリシアの口元に浮かぶのは、母の微笑みではない。


 それは――狩人が、獲物に向けるもの。


「弱くて、脆くて、感情にすぐ飲まれる。本当に“私の子供?”って感じ」


「それが――変な吸血鬼に憧れちゃって」


 エリシアの視線が、ちらりとエンドに向く。


「夜の王? 笑わせないで。貴方に息子を託すなんて」


「……滑稽よ」


 鞭が軋む。血がより深く滲む。


 ノイの両腕が引かれ、膝から崩れる。

 身体の奥底まで、痛みと絶望が染み込んでいく。


「ごめんなさいね、ノイ」


 エリシアが、右手の鞭を持ち上げる。


「“母親”としての時間は、もうおしまい」


「――じゃあ、ね」


 鞭が唸るように振り上げられた。


 刹那、空気が張り詰める。


 ノイの瞳が大きく見開かれ、心臓が叫びを上げたその瞬間――



「ノイ、大丈夫だ――俺を見ろ!!」


 エンドの声が、戦場のすべてを打ち破るように響いた。


 その一声に、ノイの視線が揺れる。

 ――そして、見た。


 仮面の奥に宿る、確かな“意志”。


 大丈夫だ、と。


 何も言わずとも、その瞳がすべてを語っていた。


 ノイの目に、涙が滲む。


(僕は……ずっと、逃げてた)


(でも……あの人は、ずっと――僕を見てくれてた)


 その瞬間。


 ノイの右目が紅に光る。空間がねじれ、視界が反転するような眩暈とともに――


 ノイとエンドの“位置”が、入れ替わった。


「――モンスターペアレントって、本当にいたもんだな」



 エリシアの目が一瞬、驚きに揺れる。


「ノイ、貴方――!」


「俺はお前を“赦”さない。“罰”を下す」


 その言葉は冷たいが、震えはなかった。


「その状態の貴方に何ができるのよ?結局、私の“鞭の領域”から逃れられない!」


 エリシアの二本の鞭が再びうねる。

 だが、エンドはノイの言葉を静かに受け取り、背を向けたまま呟いた。


「……ノイの“決断”も、無駄にしない」


 その声とともに、風が動いた。


「――血剣六対けっけんりくつい


 エンドの背から、六本の剣が浮かび上がった。


ざん”、“しゃ”、“けつ”――三つの名を持つ刃が、それぞれ二対ずつ、羽のように展開される。


 赤黒く、禍々しく。


 だが同時に、それは“美しい”とさえ思わせる静謐さと威厳を湛えていた。


 六対の剣が、静かに宙に舞う。

 その形は、まるで堕天の翼のよう。


「これは――」


 エリシアが目を見開いた、その刹那。


 六本の刃が、空気を裂き、光の残滓を纏って一斉に飛翔した。


 ――標的はただ一つ。


「“夜の決断”を刻む」


 その言葉と共に、六対の剣は放たれる。


 一点に集束する怒りと、赦しと、選択。

 それはただの殺意ではない。

“迷い”と“痛み”を知った者だけが持つ、決意の極み。


「きゃあああああああああッ!!」


 咆哮のような悲鳴が、城の大広間に響き渡る。


 血の花が舞う。

 鋭く、美しく、絶望的に。


 剣が突き刺さったのは、彼女の心臓――

 その鼓動の中心、誰にも触れられたことのなかった“核”のような場所だった。


 紅の光が、静かに消えていく。


 ――そして、すべてが静まった。


 エリシアの体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 顔には、初めて見る“呆然”が浮かんでいた。


 それでもエンドは、一歩も動かずにこう告げた。


「……浄化、完了」


 風が吹き抜けた。


 重く、冷たい夜の風が、血に染まった空間を通り抜けていった。


 それは、誰かの悲しみを乗せたような風だった。

 けれど、その先に“決断”の光があった。


 ――戦いは終わった。

 だが、決して安らぎではない。


 それでも彼らは前を向く。


 闇を継ぐ者として、命を託した仲間の決意と共に。

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