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《エンド : 夜を継ぐ者 ― 孤独と赦しの果てに》  作者: you
Chapter V: Throne of the Forsaken
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第81話 仮面の下で、笑った

「エンド様、他の魔王とも違う――“何か”を持ったやつが居るそうです」


 夕餉のあと、焚き火を囲みながらルアンがそう呟いた。

 声は静かだったが、ただの報告ではなかった。

 それは「行くべきではない」と言いたげな、仲間としての迷いを含んだ声だった。


「……そうか」


 俺は短く返し、それ以上何も言わなかった。

 夜は、静かに更けていった。


 ルアンも、ネムも、ノイも――やがて焚き火の温もりの中でまどろみへと落ちていった。

 その寝息を背に、俺はそっと立ち上がる。


 足音を殺して、闇の中を歩く。


 仮面を手に取る。

 それはもう、顔の一部のように馴染んでいた。

 重く、冷たく、けれど――この顔以外で戦う術を、俺はもう知らなかった。


 仮面をつける。

 視界が、ほんの少しだけ狭くなる。

 それは“視えなくていいもの”を遮断する、無言の拒絶でもあった。


 この仮面は、ただの装飾じゃない。

 それは、“戦う覚悟”の証。


 そして――


「……孤独の象徴、か」


 自嘲気味に呟いて、俺はゆっくりと歩き出した。


 誰かを背負えば、誰かが傷つく。

 ならば、最初から誰も連れて行かなければいい。

 それが、俺なりの“優しさ”だった。


 風が吹く。

 冷たく、肌を斬るような風。


 それでも、俺は一人で歩く。

 誰にも気づかれぬように。

 誰も巻き込まぬように。


 ただ、俺の咎と、赦しの刃だけを携えて。


 次の戦場へ。

“誰にも知られずに挑むため”の戦場へ。


 夜が、俺の背中に降りてきた。

 そして俺は、その闇の中へ、音もなく溶けていった。





 そこに居たのは、大きな蜥蜴――いや、“ドラゴン”だった。


 焼け焦げた岩肌の上、全身を黒鱗に覆い、圧倒的な魔力を纏ったその存在は、ただ“そこに居る”だけで、世界の空気を震わせていた。


 爬虫類のような、冷たい瞳で俺を睨む。

 その目は感情を持たず、ただ生存本能と支配欲だけでできていた。


 俺は、そんな相手に対して言った。


 理解していないことを、理解したふりで。


 わかってなどいないのに、それでも――吐き出さずにはいられなかった。


「今から俺が思っていることを全部言う」


 言葉が宙に放たれると、空気がピンと張り詰める。


「ひとつ目――俺は、めちゃくちゃ腹が立ってるんだよ」


「この世界に。誰も救えない俺自身に」


「ふたつ目――誰も俺の邪魔をするんじゃねぇ」


「この夜《孤独》は、俺のものだ」


「“夜の王者”は、俺だ」


 その言葉を合図に、地が震え、世界が戦闘の鼓動を打ち始めた。


 グァァァァッ!!


 咆哮。

 耳をつんざく咆哮が、大地を揺らす。


 ドラゴンが動いた。


 岩を砕く爪が振り下ろされる。


 俺は“咎”と“赦し”――両の刃をクロスさせ、正面から受け止めた。


 だが――


「ぐっ……!」


 その力は想像を遥かに超えていた。

 大地が陥没し、俺の身体が吹き飛ぶ。


(……ああ、これだ)


(これだ。この痛み……)


 心が軋む。骨が悲鳴を上げる。

 それでも、この“痛み”こそが、俺の“信念”を確かにしてくれる。


 ドラゴンが尾を振りぬく。

 その一撃が、逃げる暇もなく俺を襲う。


 ドガァァン!


 地を裂くほどの衝撃が、俺の身体を容赦なく弾き飛ばす。


「グッ……!」


 地に叩きつけられ、内臓が軋む。


 だが――その痛みすら、今の俺には“赦し”だった。


(そうだ。この痛みが……俺のすべてを証明してくれる)


 俺は静かに立ち上がる。

 肩を鳴らし、血に塗れた手を、ゆっくりと伸ばした。


 そして――


けつ


 第三の刃を抜いた。


 その刃は、“夜”を濃縮したような赤黒い輝きを放っていた。

 大剣とも呼べぬほどの重量感と、圧倒的な存在感。


 その刃は、もはや“斬るため”のものではない。

“選び取るため”のものだった。


 光か、闇か。

 希望か、絶望か。


 生きるか、終わるか。


 そのすべてを――“決する”刃だった。


 俺はリミッターを外した。


 肉体の限界を超え、影と同化するように走る。

 足場を蹴り、空を裂き、ドラゴンの死角へと滑り込む。


 そして――“決”を、空中で旋回させ、渾身の一撃として尾に打ち込む。


 ズガァァァァァン!!!


 衝撃が爆ぜ、ドラゴンの体が大きくのけぞる。

 爪が砕け、尾が裂け、黒い鱗が宙を舞う。


「……ッらああああっ!」


 そのまま、俺は血を凝縮し、指を銃の形に変えて――


 バン、バン、バン、バン、バン


 五発の血弾が、迷いなくドラゴンの胸を穿つ。


 そして、最後に。


「――血の五月雨ブラッドレイン


 俺の血が、空に舞い、針となって降り注いだ。


 夜空から落ちる紅い雨は、美しく、そして無慈悲だった。


 ドラゴンは、悲鳴を上げる間もなく、無数の血針に貫かれた。


 その巨体が、崩れ落ちる。


「三つ目――…」


 言葉に詰まる。

 喉が焼けるように痛むのは、戦いのせいじゃない。


 仮面の奥で、誰にも届かないような声が漏れた。


「……誰か……俺の“孤独”を……わかってくれ……」


 それは怒りでも、叫びでもない。

 むしろ、音にならないほどの――祈りだった




「これで……また“正義”が救われるな」


 仮面の下で笑った。


 誰にも見えない、誰にも届かない、あまりにも静かな笑みだった。


「はああああっ……」


 それは歓喜ではない。

 勝利の快感でもない。

 ましてや、誰かに誇るための勝鬨でもない。


 ――それは、痛みに慣れてしまった者の、魂の末路。


 孤独の中で、誰にも気づかれぬまま“壊れていく”者の、どうしようもない笑みだった。


 剣を下ろした手が微かに震える。

 体は血で濡れ、骨は軋み、肺は焼けるように痛んでいた。


 けれど、それ以上に――心が、痛かった。


(これが、俺の選んだ“夜”か)


 痛みが、生きている証なら。

 孤独が、誰も傷つけないための選択なら。

 仮面が、それでも前を向くための決意なら――


「……なら、これでいい」


 たとえ誰にも理解されなくても。

 たとえ、誰にも届かなくても。


 この夜の底で、俺は俺のまま、歩き続ける。


 赦されることのない罪を背負って。

 正義と呼ばれるものに斬られてでも。


 俺は――俺を信じる。


「咎に斬られようと、赦されずに朽ちようと――」


「“夜の王”は、誰にも跪かない」


 炎に焼けた大地の上で、エンドは再び立ち上がった。

 その背には傷があり、その胸には痛みがある。

 だが、その目はまだ、曇っていなかった。


 たとえ世界が光を望もうと。

 たとえその光が、自分を焼き尽くすものであろうと。


 俺は、影を纏って進む。

“正義”を救うために。


 そしてまた、誰にも気づかれぬように、静かに夜へと歩を進めた。


 ――その姿こそが、“夜を継ぐ者”。


 彼の名は、エンド。


 世界の痛みを、誰よりも深く知る者。

 そして、誰よりも――孤独な優しさを持つ者だった。





 そしてそれを見ていた者がいた。


「……やっぱり一人で行ったんですね」


 その“夜”を見ていた目があった――彼が知らない、温もりの瞳が

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