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《エンド : 夜を継ぐ者 ― 孤独と赦しの果てに》  作者: you
Chapter V: Throne of the Forsaken
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第79話 闇より、選ばれず

 エンドは、夜空を見上げていた。


 星々はどこまでも遠く、静かで――手の届かない“希望”のようだった。


(俺が……ヴィザを殺した)


 その事実が、胸の奥をじわじわと焼く。


(あの人は……みんなの光だった)


(それを――俺が、夜が、奪った)


 自分のせいで崩れた均衡。自分のせいで生まれた混乱。

 今、セレナが担っている“世界の痛み”は、本来、自分が背負うべきものだった。


(……俺がいなければ、こんなことにはならなかった)


 拳が震えた。指先に力が入る。けれど、それ以上に心がきしむ。


(結局、俺は……守れないんだ)


《Yume》を守れなかった。

 芳村を救えなかった。

 響華を巻き込み、セレナを失いかけた。

 その全部が、脳裏に焼きついている。


(俺は“正義”にもなれない)

(“希望”にもなれない)


 自分がいるだけで、誰かが戦わなければならなくなる。

 自分がいる限り、誰かが苦しまなければならない。


(俺がいなければ――)


 そう願ってしまった自分に、気づいた瞬間、吐き気が込み上げた。


「……気持ち悪いな、俺って」


 ぽつりと呟いた声は、夜に飲まれ、誰にも届かない。

 それでも、その声には確かな“自己嫌悪”が滲んでいた。


 心の奥で、祐という名前が遠のいていく。

“夜の王”という名前にすがることでしか、立っていられない今の自分が、酷く惨めに思えた。


(俺なんか、いなくてもよかったのに……)


 夜風が吹いた。

 けれどその風は優しくなかった。まるで罰のように、皮膚を裂く冷たさだった。


 ――それでも、エンドは立ち尽くしていた。


 滅びの象徴として。

 許されない者として。

 それでも、“生きてしまった”存在として――




 その時、背後に気配を感じた。


 振り返る。




 そこにいたのは、十三歳ほどの背丈の少年。

 狐の面を被り、左右で異なる瞳――金と赤のオッドアイが夜の光を受けて妖しく揺れていた。


(魔眼の吸血鬼……?俺を、倒しに来たのか)


 エンドは静かに構える。


 罰と赦ばつとゆるしをいだくやいばを抜く。


 だが相手の構えは、膝を折った姿勢――ではなかった。

 地を睨み、片膝をつき、腕はまっすぐ前へ。

 まるで“何か”を掴み取ろうとするかのように、痛ましく、必死で――だが折れていなかった。


 それは、“跳ぶ者”の構えだった。


 次の瞬間――


「うっ……!」


 強烈な力に引き寄せられた。足元の影がわずかに揺れ、体勢が崩れる。


 目の前、相手の胸部が蠢いたかと思うと――


 血が針となって飛び出す。


 一斉に、四方からこちらへと殺意を帯びた棘が迫っていた。

 まるで、心臓を正確に穿つために計算された動き。


 だが、俺は――


「逃がすかよッ!」


 影が咄嗟に広がり、反射のように手を突き出す。

 自らの影を媒介にして、一瞬で放たれた血の棘を“掴んだ”。


 ギリギリのところで、貫かれる運命を捻じ曲げる。



 すぐさま血弾で反撃。「バン」


 だが――


 敵の瞳が一瞬揺れた、その刹那。


 世界が反転するように、視界が回転する。

 気づけば、自分がいた位置に奴がいて――

 そして俺の胸元に、撃ったはずの弾丸が迫っていた。


「っ……!」


 衝撃。左腕に鋭い熱が走る。

 自分の血が、自分を穿った。


 まるで“自分自身”に拒絶されたかのようだった


(……舐められたな)


 グールのリミッターを外す。

 骨が軋む音と共に、屍鬼の爪が伸びる。

 鋭く、獰猛に。空気を裂くその形状は、まさに“殺すため”の本能。


 ――だが。


 相手の左目がわずかに動いた、その瞬間だった。


「くっ……!」


 視界が弾け飛ぶ。

 まるで“これ以上近づくな”と拒絶するような、見えない衝撃がエンドの身体を吹き飛ばす。



 体ごと投げ出され、地を滑る。背中に感じる衝撃と、肺に溜まる鈍い痛み。


(……なんだ、この圧……!)


 胸中で警鐘が鳴る。

 一歩踏み込めば、何か“取り返しのつかない領域”に踏み入れる。

 それほどまでに――この相手は、“強い”。


「だが、俺ほどじゃない」


 エンドはシャドウグリムで影を渡る。背を取り、右腕を人狼化。

 相手を地へと押さえつけた。


「グッ……!」


 咎の刃が、喉元に迫る。


「俺の邪魔をするなら――お前を殺す」


 そのとき。


 少年は、ゆっくりと狐の面をずらした。


「……僕です、エンドさん」


 その声が、時間を止めた。


「ノイ……!」


 動揺に刃が緩み、拘束を解く。


「……なぜ、こんなことを?」


 ノイは、真正面からエンドを見た。


「貴方の目が……曇ってたからです」

「自分の影しか見てない目です」


 その言葉が、胸の奥に、鋭く響いた。


「僕は、騎士団に立ち向かったエンドさんに憧れました。あれが“僕たちのヒーロー”だって、心から思いました」


 ノイの瞳が、まっすぐに向いてくる。


「だけど今の貴方の目には、ヒーローが映ってない。だったら――」


「だったら僕が、貴方のヒーローになります!」


「貴方の旅について行きます!」


 その叫びは、どこまでも真っ直ぐだった。


 エンドの中に積もっていた絶望の闇に、ひとすじの光が差した気がした。


(……俺は)


(こんなにも、弱かったのか)


 それでも。

 それでも。


 まだ、自分を“見ている”者がいた。


 そして彼の目は、決して曇っていなかった――。


 だが――それでも、闇はかき消せなかった。


 焼かれ、傷つき、血を流しながらも立ち上がる“夜の継承者”の背には、なお重く、孤独がのしかかっていた。


 世界は少しも優しくならなかった。

 セレナは今も“光”の側にいて、彼は“闇”の側に立っていた。


 その距離が、永遠のように遠く感じられた。


「俺は、何を守れているんだ……」


 呟きは風に消え、誰にも届かない。


 砕けた瓦礫の上、赤黒い夜が世界を包み込む。

 満月の明かりさえも、どこか冷たく――彼の心には届かない。


 ノイの魔眼は、幾度も戦局を変える。

 ルアンとネムは、いくつもの“偽りの魔王”を倒した。


 だが、それでも――


 彼の内に残る“闇”だけは、誰の力でも払えなかった。


“エンド”は夜空を見上げた。

 光のない空に、かつて祐だった頃に見上げた星を探そうとする。


 だが、そこには何もなかった。


 彼が見ていたのは、かつての希望ではなく、

 赦されることのない罪と、選ばれなかった者の歩く孤独な道。


 それでも。


 その足は止まらない。


 たとえ闇が晴れなくとも。

 たとえ光が振り向かなくても。


「俺は……歩き続ける」


 そう呟いて、彼は再び仮面を被る。


 その仮面はもう、“祐”の顔に合わなくなっていた。けれど――“エンド”の顔には、しっくりと嵌った。


 その表情は見えない。だが、その瞳の奥に宿った“焔”だけが、

 夜の底で、確かに、消えずに揺れていた。


 世界に――まだ夜が満ちている限り。

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