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《エンド : 夜を継ぐ者 ― 孤独と赦しの果てに》  作者: you
Chapter V: Throne of the Forsaken
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第78話 私は、”貴方の夜”を照らしたかった

 私は、いつから“聖騎士パラディン”になったのだろう。


 ヴィザ様がいなくなって、世界がその喪失を抱えきれずに泣き崩れたとき――誰かが言った。


「次はセレナだ」と。


 誰かが、光の継承者を求めていた。

 誰かが、希望の代弁者を必要としていた。


 だから私は、その願いを背負って立った。

 ――でもそれは、あの人のように“選ばれた”わけじゃない。

 ただ、生き残ったから。その場にいたから。

 光の名を継ぐには、あまりに寂しい理由だった。

 •


「私の正義は……どこに行ったの?」


 誰もいない休息の間で、私は思わずそう呟いていた。

 答えは返ってこない。

 答えられる人は、もういないから。


 かつて信じていたもの。

 信じたくて、必死で縋った“正義”は、戦火の中で何度も塗り替えられた。

 焼かれる街、怯える子供、泣きながら魔物に立ち向かう兵士たち――

 そこに、“正義”という言葉はどこにもなかった。


 ただ、「今を守りたい」――その一心だけがあった。


 それは、あの人がいつも言っていたことだった。

 光になれなくても、誰かの“夜”を守ることはできると。

 •


(ねぇ、エンド。あなたが生きていたら、どうしてたのかな)


 思考がふと、あの仮面の男の姿を追う。

 最後に見たのは、燃え盛る巡礼地の中、太陽の光に包まれて――塵となって消えていった姿。


 あの瞬間、私の中で何かが壊れた。

 でも同時に、何かが――確かに灯った。


「私は……あなたを……」


 言いかけた言葉は、喉の奥で凍りつく。


「セレナ、オーガだ!」


 ライアンの声が響いた。現実が、私を引き戻す。


「……分かってる」


 返事と同時に、私は剣を抜いた。


 オーガの巨体が迫る。火のような魔力を纏い、怒声を上げて突進してくる。

 けれど、それを恐れる隙など、今の私にはない。


「――静光斬せいこうざん


 振り下ろした光の刃が、一直線に魔を断つ。

 まるで、全ての迷いを払うように。

 その一撃で、オーガはただの灰へと還った。


 静けさが戻る。


 けれど、心の中の声は止まない。

 •


 私は、救える人のために戦っている。

 それは、あの人――エンドも同じだった。


 違うのは、私が“光”を選び、彼は“夜”を選んだこと。


 でも、光を選んだ私には分かる。


 あの人は、“光”になれなかったのではない。

“光”を守るために、“夜”になってくれたんだ。

 •


「セレナ! また魔物の増援だ!」


 ライアンの声が飛ぶ。

 私は頷いて、再び前を向く。


 だが、心の奥で何かが疼いていた。

 •


(エンド……貴方がやってきたことが、正しかったのかもしれない)


 私は、祈りを捨てきれなかった。

 誰かを救いたいと願った、ただの一人の女の子だった。


 けれど、その想いはもう、“正義”とは呼べないのかもしれない。


 私は自分の正義を、信じきれずにいる。

 でも、手放すこともできない。

 苦しくても、汚れていても、それでも誰かを救いたい。


 それは、矛盾だった。

 矛盾を抱えたまま、私は剣を振るい続けている。

 •


 もしも、あの時に戻れるなら。

 もしも、あの夜に貴方を救えたなら――


 私は、“一緒に戦いたい”と、心から伝えたかった。


 光と夜が手を取り合う未来は、確かに存在したのかもしれない。


 でも、それを夢見るには、もう遅すぎる。


 だって、私は“光の聖騎士”。

 そして貴方は、“塵”になった吸血鬼。


 もう――交わらない道。


 でも、それでも私は、信じている。


 この世界に、あの人が遺してくれた“夜の温もり”が、まだどこかに生きていることを。


 私はそれを、剣で守っていく。


 だから――私は、まだ歩き続ける。


 光が届かない場所でも。

 闇が深く満ちる場所でも。


「私は、貴方が見ていた世界を、私の目で見たいんだ」


 だから――私は、まだ歩き続ける。


 正義を抱えて。矛盾を背負って。

 それでも、私は光として在り続ける。


 あの人が、“夜”を継いでくれたように。


 ――その時だった。


「セレナ、無理はするな」


 背後から、静かにかけられた声。

 振り返ると、ライアンがいた。

 彼の顔は疲れを滲ませながらも、どこか私を案じるように優しかった。

 肩にそっと添えられたその手は、温かくて、かつての仲間のぬくもりを思い出させた。


 けれど――


 私は、無意識にその手を払っていた。


 自分でも驚くほど、反射的な動作だった。


「……ごめんなさい」


 小さく謝ったけれど、私の中にある何かが、あの温もりを拒んでいた。


(だって――私が求めていた手は、もう……)


 もう届かない。もういない。


 それでも、生きていかなくてはならない。

 誰かの“光”として。


 胸の奥に残る痛みと共に、私はもう一度、剣を握りしめた。



 あの人が、“夜”を継いでくれたように。

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