第78話 私は、”貴方の夜”を照らしたかった
私は、いつから“聖騎士”になったのだろう。
ヴィザ様がいなくなって、世界がその喪失を抱えきれずに泣き崩れたとき――誰かが言った。
「次はセレナだ」と。
誰かが、光の継承者を求めていた。
誰かが、希望の代弁者を必要としていた。
だから私は、その願いを背負って立った。
――でもそれは、あの人のように“選ばれた”わけじゃない。
ただ、生き残ったから。その場にいたから。
光の名を継ぐには、あまりに寂しい理由だった。
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「私の正義は……どこに行ったの?」
誰もいない休息の間で、私は思わずそう呟いていた。
答えは返ってこない。
答えられる人は、もういないから。
かつて信じていたもの。
信じたくて、必死で縋った“正義”は、戦火の中で何度も塗り替えられた。
焼かれる街、怯える子供、泣きながら魔物に立ち向かう兵士たち――
そこに、“正義”という言葉はどこにもなかった。
ただ、「今を守りたい」――その一心だけがあった。
それは、あの人がいつも言っていたことだった。
光になれなくても、誰かの“夜”を守ることはできると。
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(ねぇ、エンド。あなたが生きていたら、どうしてたのかな)
思考がふと、あの仮面の男の姿を追う。
最後に見たのは、燃え盛る巡礼地の中、太陽の光に包まれて――塵となって消えていった姿。
あの瞬間、私の中で何かが壊れた。
でも同時に、何かが――確かに灯った。
「私は……あなたを……」
言いかけた言葉は、喉の奥で凍りつく。
「セレナ、オーガだ!」
ライアンの声が響いた。現実が、私を引き戻す。
「……分かってる」
返事と同時に、私は剣を抜いた。
オーガの巨体が迫る。火のような魔力を纏い、怒声を上げて突進してくる。
けれど、それを恐れる隙など、今の私にはない。
「――静光斬」
振り下ろした光の刃が、一直線に魔を断つ。
まるで、全ての迷いを払うように。
その一撃で、オーガはただの灰へと還った。
静けさが戻る。
けれど、心の中の声は止まない。
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私は、救える人のために戦っている。
それは、あの人――エンドも同じだった。
違うのは、私が“光”を選び、彼は“夜”を選んだこと。
でも、光を選んだ私には分かる。
あの人は、“光”になれなかったのではない。
“光”を守るために、“夜”になってくれたんだ。
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「セレナ! また魔物の増援だ!」
ライアンの声が飛ぶ。
私は頷いて、再び前を向く。
だが、心の奥で何かが疼いていた。
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(エンド……貴方がやってきたことが、正しかったのかもしれない)
私は、祈りを捨てきれなかった。
誰かを救いたいと願った、ただの一人の女の子だった。
けれど、その想いはもう、“正義”とは呼べないのかもしれない。
私は自分の正義を、信じきれずにいる。
でも、手放すこともできない。
苦しくても、汚れていても、それでも誰かを救いたい。
それは、矛盾だった。
矛盾を抱えたまま、私は剣を振るい続けている。
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もしも、あの時に戻れるなら。
もしも、あの夜に貴方を救えたなら――
私は、“一緒に戦いたい”と、心から伝えたかった。
光と夜が手を取り合う未来は、確かに存在したのかもしれない。
でも、それを夢見るには、もう遅すぎる。
だって、私は“光の聖騎士”。
そして貴方は、“塵”になった吸血鬼。
もう――交わらない道。
でも、それでも私は、信じている。
この世界に、あの人が遺してくれた“夜の温もり”が、まだどこかに生きていることを。
私はそれを、剣で守っていく。
だから――私は、まだ歩き続ける。
光が届かない場所でも。
闇が深く満ちる場所でも。
「私は、貴方が見ていた世界を、私の目で見たいんだ」
だから――私は、まだ歩き続ける。
正義を抱えて。矛盾を背負って。
それでも、私は光として在り続ける。
あの人が、“夜”を継いでくれたように。
――その時だった。
「セレナ、無理はするな」
背後から、静かにかけられた声。
振り返ると、ライアンがいた。
彼の顔は疲れを滲ませながらも、どこか私を案じるように優しかった。
肩にそっと添えられたその手は、温かくて、かつての仲間のぬくもりを思い出させた。
けれど――
私は、無意識にその手を払っていた。
自分でも驚くほど、反射的な動作だった。
「……ごめんなさい」
小さく謝ったけれど、私の中にある何かが、あの温もりを拒んでいた。
(だって――私が求めていた手は、もう……)
もう届かない。もういない。
それでも、生きていかなくてはならない。
誰かの“光”として。
胸の奥に残る痛みと共に、私はもう一度、剣を握りしめた。
あの人が、“夜”を継いでくれたように。




