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《エンド : 夜を継ぐ者 ― 孤独と赦しの果てに》  作者: you
Chapter V: Throne of the Forsaken
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第76話 光に背を向けて

 セレナは、“救うべき人々”を救うために、再びヴァチカンに戻った。


 あの戦いの後、彼女は知った。

 希望が死に、信仰が揺らぎ、秩序が崩れかけた世界で――

 まだ、彼女を“光”として必要とする者たちがいることを。


 彼女は“信じる正義”を見失いながらも、それでも見捨てることができなかった。

 祈りを捨てきれなかった。

 だからこそ、彼女は進んだ。

 もう一度、“光”の名の下に。


「私はまだ、終わっていない世界のために剣を振るう」


 その瞳は迷いながらも前を向いていた。

 彼女は優しさを“力”に変え、傷だらけの世界を照らそうとしていた。


 ⸻


 そして――エンドは、セレナを“失った者”として、仮面を被った。


 救えなかった。

 傍にいたはずなのに、何もできなかった。

 願っていた未来を、今度もまた、掴むことはできなかった。


「俺は……独りになったんだ」


 かつて《Yume》で抱いた希望も、

 芳村に与えられた救いも、

 響華と交わした言葉も、

 そして――セレナと歩んだ時間さえも、

 すべてが、仮面の下に沈んでいった。


 その仮面は“覚悟”だった。

 誰も巻き込まないための、痛みの封印。

 誰にも泣き顔を見せないための、嘘の笑顔。

 彼はもう、“祐”ではいられなかった。


 祐が死んだ場所から生まれたのは――“エンド”。


 選ばれなかった者。

 光にはなれなかった存在。

 それでも、闇の中で誰かを守ろうとする“夜の継承者”。


 だからこそ、彼は仮面をつけた。

 自らを“夜”へと沈めることで、

 誰かの“明日”に立ち続けるために。


 ⸻


 光を選んだ者と、闇を選ばざるを得なかった者。


 ふたりは、違う道を歩き始めた。

 だが、それは決して断絶ではない。

 交わらぬようでいて、

 必ずどこかで交差する、宿命の円環。


 彼らが再び出会うとき――

 その“選択”の意味が、世界に問われることになる。



「ここから一番近い“魔王”の場所は?」


 低く、乾いた声が朝靄の中に溶けていく。


「東です。山を越えて、廃村の先。そこに一帯を支配してる“魔王”がいると……」


 ルアンが地図を指しながら言う。


「今から行くぞ」


 エンドの言葉は、淡々としていた。けれどその瞳には、燃えるような紅の光が宿っている。


 東の空が白み始める。やがて、朝日が山影を越え、世界に“光”を注ぎ始める。


 その光が、ゆっくりとエンドに近づいた瞬間――


「っ、貴方様は……!」


 ルアンが慌てて声を上げる。


「太陽に、灼かれてしまいますよ!」


 吸血鬼にとって、それは“死”そのもの。


 だが――


「大丈夫だ」


 そう呟いた彼の声は、どこまでも静かだった。


 パサッ。


 その手が、ゆっくりと黒布を広げる。


 それは鋼でもなければ、魔法でもない。

 ただの“影をつくる傘”――


 けれど、それはセレナがかつてエンドに託したものだった。


“貴方が生き延びられるように”

“いつか、もう一度陽の下で会えるように”


 それは戦うための“武器”でも、守るための“盾”でもない。

 ただ、願いだけで編まれた――“希望”だった。


「セレナが……俺にくれたものだ」


 ポツリと呟くその声に、誰も言葉を返せなかった。


 黒い傘が、ゆっくりと広がる。

 朝日が傘の布を通して淡く透け、影だけが彼を守る。


 陰の中を歩む者が、陽のもとへと踏み出す。

 それは呪われた吸血鬼の一歩ではなかった。

 ――かつて、誰かに“生きろ”と言われた者の、一歩だった。


「行くぞ。“夜の王”が、“偽りの魔王”を狩る時間だ」


 その背中にはもう、迷いはなかった。

 仮面の奥の瞳が、朝日を受けて、僅かに瞬いた。


“夜”が、“光”の中を歩き始めた瞬間だった。





 漆黒の傘が、陽光を裂くように揺れた。


 乾いた地を踏みしめ、“夜”が“光の中”を進んでいく。


 その異様な姿に、敵陣から笑い声が上がった。


「おい、見ろよ……太陽の下に、吸血鬼が来たぞ、ははは!」


「下級だな、間違いねぇ。黒い布被ってイキってやがるぜ」


「しかもたった三人? 魔王を名乗るにはずいぶんと寂しいお出ましだな」


「ふん。教えてやろうぜ、“実力”ってもんをよ!」


 前線に立つ、鱗を纏った大柄なリザードマンの魔王が、嘲るように吼える。


 だが、その声を遮るように。


「ルアン、ネム。雑魚は任せた」


 エンドの声は、低く、重く。


「了解」

 ルアンは一礼と共にすっと身を引き、気配を抑えた。


「はいはい、やれってことでしょ」

 ネムはあくびまじりに返事をしつつ、指先から毒気を滲ませていく。


 エンドが一歩踏み出す。影が地を這う。


「行くぞ」


 ――“夜”が、陽の下を行軍する。


 **


「来いよ、自称“夜の王”! 地に伏して後悔させてやる!!」


 リザードマンの号令と共に、配下の魔物たちが一斉に突撃してくる。


 その瞬間。


「じゃあ……潰すね」


 ルアンが一歩踏み込み、筋肉を膨張させる。

 体術と獣の本能が融合した動きで、敵の一体を掴み、次の瞬間、地面へと叩きつけた。


「ぐああああっ!!」


 肉が爆ぜ、骨が砕ける音が響く。


「ちっ……うるさいなあ、寝てろよ」


 ネムの指先が虚空をなぞると、霧のような紫の煙が敵兵たちにまとわりついた。

 一体、また一体と、悲鳴を上げることすらなく崩れ落ちる。


「はぁ~……仕事って疲れるわね」


 彼女は欠伸をしながら、相手の気配を正確に見切り、眠らせていく。


「お、おい……なんだコイツら……!」


 リザードマンが焦りの声を漏らす。


 そのとき、静かにエンドが歩を進めた。

 漆黒の傘の下、仮面の奥でその紅い瞳がゆっくりとリザードマンを捉える。


「はじめまして、“自称魔王”」


 足を止めると同時に、彼の指先が赤く染まる。

 血の気配が凝縮し、空気が重たく震えた。


「俺の目的のために――死んでくれ」


「バン」


 乾いた音と共に放たれた血の弾丸が、真っ直ぐに飛ぶ。

 一点に圧縮された殺意が、音速を超えて一直線にリザードマンの眉間を穿つ。


「なっ――」


 言葉を発する暇もなく、魔王は崩れ落ちた。


 その場にいたすべての魔物が沈黙した。


 立っているのは三人だけ。

 その中心で、漆黒の傘を揺らす男が、ゆっくりと背を向ける。


 朝日は登った。

 けれど――


“夜”は、終わらない。

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