第75話 偽王の墓場にて
世界中で、魔物たちがかつてないほど活発化していた。
その兆候は、ヴィザの死からそう間もない時期に現れ始めた。
本来なら、地下や辺境に潜んで生を繋いでいた低位の魔物たちまでもが、人里近くに姿を現すようになったのだ。
しかも、彼らの多くは口々に名乗った。
――「我こそが魔王だ」と。
その力は大したものではない。かつてヴィザの剣が一振りで払ったような、雑魚に過ぎない魔物たちですら、自ら“魔王”と名乗る異常事態。
だが数が違った。世界の各地で同時多発的に生まれた“自称魔王”たちは、己の名のもとに小規模な群れを築き、人々を襲い始めた。
これにより、ヴァチカン、そしてG.O.Dは連日の緊急対応を余儀なくされた。
――対魔特化兵器は限られた数しかなく。
――光滅騎士団の精鋭たちは、かつてないほどの広範囲に派遣され。
――各地の拠点は悲鳴を上げるように、防衛線を維持することに精一杯だった。
中でも最も過酷な任務を担わされたのが、最高位聖騎士に任命されたばかりのセレナだった。
彼女はその力と実績、そしてヴィザの意志を継ぐ者として、自然と世界の注目と責務を一身に集めていた。
「セレナがいれば大丈夫だ」
「彼女こそ新たな光だ」
そんな声が、彼女の耳にも届いていた。
――だが、それは称賛であると同時に、“重圧”でもあった。
昼夜を問わず飛び交う任務。
次々に名乗りを上げる“魔王”。
ひとつ倒しても、すぐに別の地で新たな魔王が現れる。
光の継承者として戦うには、あまりにも多く、あまりにも深い“闇”だった。
セレナの瞳から、少しずつ“祈り”が薄れていくのを、誰も気づいてはいなかった――。
「っていうのが今の現状です」
ルアンがそう告げた瞬間、空気が沈んだ。静まり返るような重さが、場を支配した。
「そうか……」
エンドは拳を握りしめたまま、ゆっくりと視線を落とす。
唇をかみしめ、地面に拳を叩きつける音が響いた。
「クソッ……! 俺のせいで、また……セレナが……!」
その声は、怒りでも悔しさでもない。
ただ、守れなかった“何か”を想う、哀しみだった。
「……守りたかったんだ。あの時の、温もりも、声も……」
「なのに、また俺は……何も守れなかった」
震える声が、空間を切り裂く。
「俺は――独りだ」
そう呟いた瞬間、周囲の温度が変わったような気がした。
哀しみが凍り、覚悟という名の鋼に変わる。
「俺はもう……誰も巻き込まない。誰も失わない。だから独りになる」
「そのために、強さを得る」
彼の目が、紅く光った。
「俺たちは今から、“夜の王”を名乗る」
「この混乱に乗じて“魔王”を気取る連中を――俺が、全部蹴散らす」
その言葉には、もう迷いはなかった。
ただ、すべてを背負って進む“夜を継ぐ者”の、凛とした決意だけがあった。
ルアンとネムは、その背中に言葉をかけることなく、ただ静かに頷いた。
――こうして、“夜の王”の行進が始まる。世界が再び闇に包まれる前に。
玲、芳村、Yume、そして――セレナ。
名を呼ぶたびに、胸の奥に鈍い痛みが走る。
思い出すたびに、喉の奥が締めつけられる。
守りたかった。
けれど、守れなかった。
――彼らは皆、何かを信じ、何かを託して、この世界を去っていった。
そして今、その“想い”だけが、確かにエンドの中に残されている。
だからこそ、彼はもう引き返せなかった。
それは贖罪ではない。ただの執着でもない。
これは“遺された者”の、祈りに似た覚悟だった。
エンドは歩く。
誰にも選ばれなかった、その道を。
光にすがることすら許されず、
闇に染まりながら――それでも、誰かの“明日”のために。
「……俺は、“選ばれなかった者”だ」
だからこそ、選ばれた者の代わりに背負う。
彼らが願った未来も、残した痛みも、すべて抱えて――
「光を……守るために、闇を歩く」
紅い瞳が、静かに燃える。
それは決して、憎しみだけで滾るものではない。
ただ、自らのすべてを使ってもなお届かぬ“光”の代わりに、
世界の“夜”を進む者の、静かな炎だった。
選ばれなかった者が、それでも立ち上がる。
その姿こそが、きっと――
いつか誰かの、希望になると信じて。




