第73話 太陽が堕ちた日
その日、世界にひとつの――悲報が発信された。
英雄ヴィザ、戦死。
最後の最後まで、“光の剣”を掲げ続けた男。
太陽の化身と呼ばれた存在が、自らの命を賭して、吸血鬼を討ち滅ぼした。
それは、誰もが“希望”と信じて疑わなかった存在の終焉だった。
報道機関は一斉に彼の生涯を特集し、各国の街頭ビジョンには、最期の戦いの記録映像が流された。
――全身に白炎を纏い、己の限界を超えて剣を振るう姿。
――“夜”を焼き払うように振り下ろされた、最後の《陽審の剣》。
――命と引き換えに吸血鬼を討った、“正義”の証。
人々は息を呑み、目を潤ませながらその光景を見守った。
英雄の死を悼み、誰もがその名を讃え、そして信じた。
世界はそれを“勝利”と称えた。
人々は涙し、称賛の声を贈り、国々は弔意を示した。
だが――
その“勝利”の代償が、あまりにも大きかったことを、誰もまだ知らなかった。
ヴィザという“楔”が抜け落ちたことで、
かつて彼の存在だけで抑えられていた“何か”が、静かに、そして確実に崩れ始めていた。
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闇が、動き出す。
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それは、あまりにも静かに――けれど確実に。
かつてヴィザの“神威”によって沈黙していた魔物たちが、次々に活動を再開し始めた。
各地で報告される、“異常な魔物の活性化”。
通常の討伐部隊では対応できない高位の個体。
“理性”を持ち、戦術を使う魔物。
そして――これまで確認されていなかった、未知の魔物の出現。
ヴィザという象徴を失った“世界の均衡”は、確実に崩れ始めていた。
ヴァチカンはすぐさま、“次代の英雄”に最高位聖騎士の称号を与え、各地に戦力を再配備した。
セレナは、現地の教会機関と連携しながら、世界各地で暴れる魔物たちの鎮圧に奔走していた。
その剣の先にあるのは、もはや“光の理想”ではなく――“残された者の義務”だった。
ライアンもまた、戦線復帰を余儀なくされ、再び“刃”を握っていた。
あの夜に深く刻まれた敗北と、焼かれた友の姿が、彼の背を今も押し続けている。
G.O.Dも、失われた光を補うようにレヴナントを再起動させ、最前線に投入した。
だが、その“対抗手段”でさえ、かつてのヴィザの抑止力には遠く及ばない。
彼らの前に現れるのは、ただの“敵”ではない。
“ヴィザの不在”によって覚醒した、より強く、より深い“夜”。
「……あの人が、いなくなっただけで……」
誰かがそう呟いた。
そう――それほどまでに、ヴィザの存在は、“人類の祈り”そのものだったのだ。
しかし。
その英雄はもういない。
そして、その英雄を焼いた“夜”が――
今、静かに、その目を開こうとしていた。
“赦し”と“咎”の物語は、まだ終わってなどいない。
ヴィザという英雄の死すらも、ただの“序章”にすぎなかったのだ。
世界が――“夜”を迎える。




