第59話 またな、の味
俺は、親父にエンドの仮面の修理を頼んだ。
頼んだ翌日には「もう素材揃えた」って言ってて、二日目には「仮組み終わった」って言って、そして三日目――
「カナオ、仮面の修理終わったぞ」
「おぉマジ!? 流石親父、手が早ぇな!」
俺は思わず声を上げた。
親父は昔からこういうの、妙にこだわる。料理と同じで、“手間を惜しまない分、仕上がりも一級品”ってやつだ。
手渡された仮面は、思ってたのと少し――いや、だいぶ雰囲気が違っていた。
「……んっ!? なんか親父、デザイン変わってね?」
横でのそのそと飯を食ってた親父が顔を上げて、にやっと笑う。
「んぉ? それか。いいんだよ、男子三日会わざれば刮目して見よって言うだろ? そういうことだよ」
「いや、どういうことだよ……」
「それはな、お前の“親友”の成長の証だよ」
ちょっとだけ、口調が真面目になってた。
その言葉が、妙に心に引っかかった。
早速、俺は仮面を抱えて、エンドたちが泊まってる宿に向かった。
扉を開けると、空気が少しだけ張りつめてた。
それでも、俺の声でそれがふっと緩む。
「エンドー!」
「カナオか」
相変わらず静かな声。でも、こっちの顔を見ると少しだけ、柔らかい表情になった気がした。
「仮面、修理できたんだけどよ。……わりぃ、親父が勝手にアレンジ加えたらしい」
そう言って、俺はそっと手渡した。
仮面は――左目から血の涙の意匠はそのまま残されていた。
けれど、右目には極細の、縦長のスリット。そこから、鈍く、微かに光る金色の線が、じんわりと浮かび上がっていた。
全体は漆黒で、鋼のような質感。
だが不思議と冷たくは見えなかった。
それは、仮面でありながら――“顔”だった。
“隠すため”のものじゃない。
“背負う”ためのものでもない。
それは、“今のエンド”のために作られた、“新しい意志の象徴”だった。
エンドが、仮面を手に取り、静かに見つめる。
その仮面は“意志”を宿していた。
ひび割れの残るその面は、左目から血のような涙を流しながら、
右目の奥に、静かな“選択の光”を灯している。
それはもう、かつての“エンド”が被っていた仮面ではなかった。
“咎”と“赦し”と、そして“決”を携えた――
夜の執行者の顔だった。
俺はそれを、ただ黙って見ていた。
エンドがその仮面を、もう一度、顔に当てたとき――
どこか、深く冷たい風が、部屋の中を抜けていった気がした。
それは“覚悟”の風だった。
「……ありがとう、カナオ」
「へっ、礼なんていらねぇよ。親父の仕事だしな」
「……だが、それでも。大事にする」
静かに、けれど確かにそう言ったエンドに、俺は――ちょっとだけ、胸を張った。
(――それでいい。
それでこそ、俺の親友だ)
「カナオ、急に悪いけど……私たち、今日旅立つ」
「……え?」
その言葉が耳に入った瞬間、胸の奥で何かが音を立てた。
セレナが静かに立っていた。
その目には、迷いはなかった。
もう“次”を見据えている人の目だった。
「何処に向かうんだ?」
俺はなんとか絞り出すように訊いた。
「この大陸をまわるわ。……まだ、世界を旅する必要があるの」
短い言葉だった。
でも、それ以上何も言わなくても――十分だった。
(そうか……)
どこかで、“ずっとここにいてくれる”気がしていた。
いや、願っていたのかもしれない。
だが、俺たちの場所に“英雄”は長くとどまらない。
それが、きっと――“宿命”ってやつなんだろう。
旅立ちの朝。
カムシャンの空は澄み渡っていた。
春の匂いを含んだ風が、ゆっくりと町をなでていく。
宿の前に立つ二人。
背には荷を負い、目は前を見据えていた。
俺はその姿を見ながら、何も言えずに立ち尽くしていた。
すると、影の傘をさしたエンドがこちらに歩み寄ってきた。
「カナオ」
「……おう」
「バイバイ……違うな」
少しだけ笑って、エンドは言い直した。
「――“またな”」
その言葉に、俺ははっとして、思わず笑ってしまった。
「“またな!”だよ。……また新しいギャグ作っとくからよー!」
「……“また”、お前のラーメンを食いに行くよ」
いつもの調子だった。
けれど、それが――何よりも嬉しかった。
「エンド、行きましょう」
エンドとセレナはゆっくりと歩き出す。
町を背にして、未来へと向かう背中は、
どこか寂しく、でも何より――誇らしかった。
カムシャン連邦を救った英雄は、
誰にも気づかれぬように、静かに――影のように旅立っていった。
その背が、だんだんと小さくなるまで。
俺は、ただ黙って、ずっと見送っていた。
春風がまたひとつ、ラーメンの湯気のように通り抜けていった。
そして――
また、新しい物語が、始まるのだった。
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