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第51話 贈り物としての君

 魔物の数は多かった。だが――ほとんどが雑魚ばかり。


(群れてるだけか……)


 その中で、一体だけが異彩を放っていた。


(……狼……いや、人狼か?)


 黒い毛並みと獣じみた足取り。前に戦った“少女の人狼”ほどの圧はないが、それでも他の魔物とは明らかに“格”が違う。殺意の密度が違った。


「……行くぞ」


 俺は足元から血を滲ませる。

 意識を一点に集中し、即座にそれを空へと放つ。


 セレナはすでにカナオの周囲へ駆け、守るように敵を引きつけていた。


 今の俺の中で、最も広範囲かつ高威力の殲滅手段――


「――血の五月雨(ブラッドレイン)


 空が、紅く染まる。


 瞬間、無数の血の針が空から降り注いだ。

 赤い雨――それはまるで梅雨のように、断続的かつ無慈悲に魔物たちを串刺しにしていく。


「ギャアアアアッ!」「アグゥゥ……!」


 雨のように落ちる“血”は、一滴一滴が刃。

 皮膚を裂き、骨を貫き、命を問答無用で奪っていく。


 ――だが。


 ただ一体、人狼だけが――その空気を察知していた。


「……!」


 わずかに身を引いたその一瞬、奴は血の雨を回避した。


「ここに、こんな強そうな奴がいたとはな……魔王様に献上せねば……!」


 低く唸るような声。牙の間から覗く嗜虐の笑み。


(……喋った?)


 知性があるタイプの人狼か――しかも“魔王様”と口にした。

 こいつは、ただの個体じゃない。“繋がってる”。


「誰を献上するって……“躾”治してやるよ」


 血の中に、二本の刃を構築する。

 右手に怒り、左手に祈り。


 紅の軌跡が描くは、二つの意志。


「――罰と赦ばつとゆるしをいだくやいば


 俺は足を踏み出す。

 影を裂くように、牙を剥き出すように。


 この一撃で、“立場”を教えてやる




「カナオ、早くこっちに来て!」


 セレナが叫ぶ。鋭い視線のまま、魔物を斬り伏せながら、こちらに手を伸ばしてくる。


 商隊の隅にいた女が、なぜか最初からこちらを見ていた気がした。だが、その時は気のせいだと思っていた。


「セレナさん、ありがとう!」


 カナオは血塗れの中を走り抜け、笑顔を忘れずに飛び込んできた。

 だが、その手は震えていた。口元は笑っていても、目の奥は本気だ。


「生き残ってる人たちを集めて! 私が守るから!」


 セレナが声を張る。剣を構え、霧の中に浮かぶ魔物の気配に睨みを利かせながら。


 その背は、小柄なのに大きかった。

 誰かを背負うために立つ者の、覚悟が滲んでいた。


「一人でも多く、守る……それが今の私の戦い」


 セレナのその言葉が、空気を震わせるように響いた。




 人狼はハッキリ言って、そこまで強くなかった。


「ガアアッ!!」


 低く唸り声を上げ、全身の筋肉を膨らませて突進してくる。


 その足音が地を鳴らす。けれど――


(重いだけだ)


 パワーに任せた一直線の攻撃。読みやすい軌道。


 俺は、地を蹴ってわずかに横へ跳ぶ。

 その瞬間、風を裂く爪がすぐ傍らを通り過ぎていった。


「遅い」


 刹那、地面に散らばる自分の血を操作する。

 足元から跳ね上がった紅が、鞭のようにしなって人狼の背を打つ。


「グォッ!」


 鋭い一撃に体勢を崩し、呻き声を上げた人狼は、もう一度吠えると肩を怒らせて突進してくる。


 だが、それも想定内。


「動きが読めるんだよ。単調すぎる」


 俺は本の短剣を抜く。


 右手に“怒り”、左手に“祈り”。


 瞬間、人狼の影と俺の影が絡む。


「動けよ、“俺の影”――!」


 影が地を這い、伸びる。


 ズルリ、と足元から伸びた影が人狼の足を絡め取る。


「グ、グアアッ!?」


「これで終わりだ」


 踏み込みと同時に、“咎”の刃を振るう。

 鋭く振り下ろされたその斬撃が、人狼の右肩から胸元を斜めに裂いた。



 人狼は、何かに気づいたように目を見開いた。


「……ッ! まさか……」


 その表情が、一瞬で恐怖と畏敬に塗り替わる。

 傷だらけの身体を震わせ、驚愕の声をあげた。


「もしや貴方――吸血鬼様では?! 吸血鬼の中でも、“貴族”に近い御方……!」


 その声は、商隊の生き残り全員に届くほどの大きさだった。


 周囲が凍りつく。


 俺は眉をひそめ、睨みつけた。


「違う」


 低く否定した。けれど、人狼は首を横に振る。


「その力……その影の制御、血の技……否定しても無駄です!それは紛れもなく、“尊き御方の資質”!」


 人狼はなぜか、戦意を失っていた。

 目の奥に宿るのは、恐怖ではない。

 焦燥――そして、異様なまでの忠誠心。


「……こんなことしている場合じゃない……早く、魔王様に伝えなければ……!」


 そう呟くと、奴は震える手で傷口を押さえながら、どこかへと這い始める。

 まるで、俺という“報せ”を魔王に届けることが最優先かのように。


(……妙だ)


 この焦り方は、何かを“恐れている”者のそれだった。


(ここで逃すわけにはいかない)


 俺は、一気に踏み込んだ。

“罰”の刃を構え、今度こそ――トドメを刺す。


 その刹那。


 ふわり、と。


 鼻先に、甘く、湿った香りが届いた。


(……花の匂い? 違う、これは……)


 鱗粉のような、微細な粒子が空気に舞っている。


 それを吸い込んだ瞬間――


「……っ!」


 視界が、ぐらりと揺れる。


 力が、抜けていく。

 足がもつれ、身体が沈むように崩れ落ちる。


(……まさか、毒……?)


 思考が濁り、まぶたが勝手に重くなっていく。


「エンドが――!」


 セレナの声が聞こえた気がした。


 けれどもう、身体は動かなかった。


 **


 その瞬間――


「あっ……」


 カナオの声が、震えた。


 生き残った商隊の中にいた、一人の女。


 その女が、静かに人狼の傍へと歩いていく。


 そして――


“変わった”。


 赤髪が黒に染まり、肌が透き通るように艶めいていく。

 瞳が紅に輝き、唇に艶やかな笑みが浮かぶ。


「……サキュバス……」


 セレナが呟いた。


 人を魅了するためだけに存在する魔種。

 意志を奪い、肉体を蝕む。


 その女は、崩れ落ちた俺の元へと跪く。


「ふふ、ようやく“会えた”わね」


 耳元で囁くように言いながら、俺の頭を優しく撫でる。

 その指は、妙に冷たくて――なのに、心地よい。


 俺の身体を抱え上げ、腕の中に収めると、彼女はくるりと踵を返す。


「さ、行きましょう?王にふさわしい貴方を……“魔王様”のもとへ」


 その声には、狂気すら滲んでいた。


 人狼は黙って膝をつき、背を差し出す。

 サキュバスはひらりとその背に乗ると、エンドを抱えたまま夜の闇へと消えていく。


「エンド――!!」


 セレナの叫びは、すでに届かない。


 赤黒い夜の中。

 ただ、風だけが、すべてを知っているかのように冷たく吹いていた。


 ――そして、“狩り”が始まる。

また山場入ります。

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