第42話 寄り添う手、すれ違う影
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「カナオ、あんた……エンドゥー君を追いかけるんだって?」
母さんが、湯気の立つ鍋のかき回しを止めて、ふと顔を上げた。
「そうだよ」
俺は笑って、包丁を拭きながら答えた。
「危ないから、やめとき」
母さんの声には、滲むような不安があった。
手を止めたまま、じっと俺を見ている。
だけど俺は、迷わなかった。
「あいつら、あんな覚悟して行ったんだぜ。
俺が助けてやんねぇと、ダメだろ?」
にかっと笑いながら、力こぶを作ってみせた。
「なんたって俺は――親友だからな!」
母さんが困ったように、でもどこか嬉しそうに小さく笑った。
「それにさ、俺は母さんと親父の息子だろ? 大丈夫、大丈夫!」
根拠のない自信かもしれないけど――
それでも俺は信じてる。
自分の足で、ちゃんとあいつらに追いつけるって。
「……アイツらが腹減ったら、ラーメン作ってやるんだ」
鍋から立ち上る湯気を見ながら、俺は言った。
「腹減ったら、気持ちも、力も、下に落ちちまうからさ。
温かいもん食って、また前に進めるようにな――って思ってさ」
「……あんた」
母さんの声が、ふっと揺れた。
「じゃあ、何も言わん。
あんたが無事に帰ってくるって、母さん、信じてる。
……私の息子だもの」
そっと、優しく言った。
火に照らされた母さんの横顔は、少しだけ寂しそうだったけど――
それ以上に、強かった。
俺はそれを胸に焼きつけるようにして、大きく頷いた。
(行くぜ、エンドゥー)
港の風が、どこか遠くで、背中を押していた
(そして、渾身の新しい一発ギャグを無事かます!今度こそセレナさんを笑わせるんだァァァー!)
「エンド」
夜の静けさの中、焚き火のぱちぱちという音だけが耳に残る。
その炎を挟んで、セレナがぽつりと俺の名を呼んだ。
「ん?」
顔を向けると、セレナは膝を抱えたまま、火の揺らぎを見つめていた。
その目には、いつもの鋭さじゃなく――どこか、迷いのようなものがあった。
「……あなた、無理しないで」
火の粉が風に乗って舞う。
それを見送りながら、セレナは静かに言葉を続けた。
「全部、自分ひとりで解決しようとしない。
あなたと私は――一緒に旅をしてる、パートナーなんだから。
何も……迷惑だなんて、思ったことは一度もないわ」
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
(……そうか)
彼女は――きっと気づいていたんだ。
俺が、いつもどこかで“歩幅”をずらしていることに。
呼ばれる前に少しだけ目を逸らしたり、言葉の端を曖昧に濁したり。
そんな小さな仕草の積み重ねに、気づかないわけがない。
それでもセレナは、何も言わなかった。
責めることも、問い詰めることもなく、ただ“そこにいてくれた”。
まるで、何かが崩れそうになるその一歩手前で、
何も知らないふりをしながら、そっと支えてくれていたように――
俺が言葉にできないことを、彼女はずっと、分かっていたんだ。
――だからこそ。
俺は、もっと強くならなきゃいけない。
あの日、守れなかったもの。
あの日、壊れたもの。
全部――今度こそ、守れるように。
そのために、俺はこの道を選んだんだ。
「……勝手にどこか行かないでね」
ぽつりと落ちるような声。
一瞬だけ視線が交わって、セレナがふっと視線を逸らす。
俺は、小さく笑って、焚き火の向こうから応えた。
「行かないよ」
その一言に、できる限りの想いを込めた
焚き火の炎が、静かに薪を舐めていた。
火の粉が風に乗って舞い上がるたび、夜空に瞬く星と交差して見える。
セレナは何も言わず、火を見つめていた。
その横顔は、どこか寂しげで、何かを押し込めているようにも見えた。
俺は、その沈黙を壊すように口を開いた。
「……1人で生きていける“人”なんて、いないしな」
ぽつりと、呟くように。
自分自身に言い聞かせるように。
それは、どこかでずっと否定していた言葉だった。
俺は、“1人で生きていくべきだ”と思い込んでいた。
誰かに頼れば、そのぶん失った時の痛みが増す気がしていたから。
「そうだよ。……1人じゃ、生きていけないよ。誰だって、“みんな”そう」
小さく、でもはっきりと。
その言葉とともに、セレナはそっと手を伸ばしてきた。
ためらうことなく、俺の手の上に、自分の手を重ねる。
「……手を……?」
少し驚いて声が漏れそうになったが、そのまま握り返した。
彼女の手は少しだけ冷たくて、それでも不思議な温もりを持っていた。
焚き火の熱よりも、もっと心の奥をあたためるような、そんな優しさだった。
彼女の手は少しだけ冷たくて、それでも不思議な温もりを持っていた。
焚き火の熱よりも、もっと心の奥をあたためるような、そんな優しさだった。
言葉では届かなかったものが、確かに触れ合った気がした。
「明日は町で少し休もう」
「うん」
言葉では届かなかったものが、確かに触れ合った気がした。
焚き火の揺らめきが、ふたりの手の影を重ねる。
ただそれだけで、この夜は――少しだけ、優しくなった気がした。
「おい、エンドゥー、セレナさん……」
「……こんな過酷な道、進んでたんかー……!」
誰にともなく呟きながら、カナオはぬかるんだ獣道をよろよろと歩いていた。
「いや、これ……修行? いやいや、G.O.Dの試験でももうちょい手加減あるだろコレ……」
額には汗、服は泥と枯れ葉まみれ、背中の荷物は重く、肩にずっしりと食い込んでいる。
それでも、彼の足取りは止まらなかった。
「エンドゥー……セレナさん……お前ら本当に、どこ行ったんだよ……」
雑草をかき分け、枝に引っかかりながら進む。
「ったく、こちとら“親友”って看板背負ってんだよ……。
あいつが空腹で倒れてたらどうすんだ……セレナさんに怒られたら俺、確実に蒸発するぞ……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、表情には諦めも焦りもなかった。
むしろ――どこか楽しそうですらある。
「よし……まずは合流して、ラーメンぶちかまして、セレナさんの笑顔ゲット。
次に一発ギャグぶちかまして、エンドの苦笑いゲット。
完璧……完璧だ……!」
拳を握りしめ、妄想の中で小さくガッツポーズをする。
だが次の瞬間、足を滑らせて派手に転倒。
「ぐあぁっ!!いててててて……!あっぶね……鍋が……っ!」
荷物からごろんと転がり出る小さな鍋を、必死で抱きかかえる。
「……ふっ、大丈夫……俺の魂のラーメン、まだ守られてる……」
カナオは土まみれの姿で鍋を抱きしめ、ひとり静かに勝利のポーズを決めた。
(……待ってろよ、エンドゥー。次は俺の番だ)
空を見上げて、笑う。
その笑顔は、ふざけていて、どこまでも真剣だった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もうすぐ山場を迎えるので楽しみにして頂けると嬉しいです。




