第40話 春風が届く場所へ
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エンドはいつも――
ほんの少しだけ、見えない距離を置いて歩く。
すぐ隣にいるはずなのに、彼の背中はどこか遠い。
それは無意識なのか、それとも意図的なものなのか……私には、まだ分からない。
彼は、自分の旅に“私が並んでいる”ことを――どこか申し訳なく思っているようだった。
それは言葉にしないけれど、態度の端々ににじみ出ている。
何かを背負うとき、決まって“私を頼ろうとしない”。
一人で何とかしようとする、頑なな意思。
そのくせ、どこか無理をしていて……ふとした瞬間に、それが表情からこぼれ落ちる。
(ねぇ、どうしてそんなに、自分だけで抱えようとするの?)
私は、貴方の盾でも、武器でもない。
ただ――“隣を歩きたい”と思っているだけなのに。
言葉にすれば壊れてしまいそうで、
それでも、胸の奥にはずっと、伝えられない何かが燻っていた。
けれど、それを責めることはできなかった。
彼がそうなった理由も、きっと、痛みも――ちゃんと知っているつもりだから。
それでも私は――
彼の背中を、追いかけることをやめなかった。
一歩でも近づけば、また一歩、彼は離れるかのように歩幅を変える。
そのくせ、時折振り返るときの目は、どうしようもなく寂しそうで――
まるで、「来てくれるな」って言いながら、「置いていかないで」と願っているような、矛盾を孕んでいた。
本当に、不器用な人だと思う。
強いようでいて、弱い。
誰よりも孤独で、誰よりも優しい。
(貴方が歩く道が、どれだけ茨でも――
私は、“同じ場所”に足をつけていたいと思ってる)
隣に立つために、私は刃を取り、嘘を纏い、信じるものすら見失いかけた。
けれど、それでも「貴方が進むなら、私も行く」と心のどこかで決めていた。
……それが、きっと“私の答え”なんだと思う。
エンドは、きっとまだ気づいていない。
自分がどれだけ多くのものを抱えて、どれだけ私を救ってきたのかを。
だから私は、いつか言葉にしなければならない。
この想いも、願いも、痛みも。
それが、たとえ届かなくても――
(貴方に、寄り添える自分でありたい)
今はただ、それだけを胸に、私は彼の少し後ろを歩く。
風の音にまぎれて、そっと呟くように。
「……置いていかないで、エンド」
「あぁ、悪い。ちょっと歩くの早かったか。荷物、重いか? 持つか?」
そう言って振り返ったエンドは、いつも通りの顔だった。
少し汗ばんだ額、風に揺れる髪、心配そうな目。
「……大丈夫」
私は、そう答える。
本当は少し重かった。でも、そんなことどうでもよかった。
(やっぱり……優しい)
彼は、自分が距離を取っていることに、たぶん気づいていない。
それでも、こうしてふとした瞬間には、必ず立ち止まってくれる。
誰かの歩幅を気遣える人だ――そういう優しさに、何度も救われてきた。
「そろそろ休憩するか。テンガン地方までは道が整備されてないから……乗り物じゃ行けないしな」
そう言いながら、エンドは荷物の中から火打ち石と薪を取り出し、手際よく焚き火の準備を始めた。
私は、何も言えずにそれを見ていた。
ただ、焚き火の向こうにいるエンドを――静かに見つめていた。
(……本当は、私だって強いわけじゃない)
ただ、強さを求められてきたから、必死だった。
誰よりも冷静で、誰よりも剣を振れて、
“そうでなければ、次世代の英雄”――そんな風に言われていたから。
だけど本当は、不安で、怖くて。
今だって、彼の背中に追いつけている気がしない。
火の揺らめきが彼の横顔を照らすたび、私は心のどこかで願ってしまう。
“その明かりが、いつか私でありますように”って。
彼の心を、少しでも温められる存在でありますように――って。
(……ねぇ、エンド)
貴方は、どうしてそんなに遠いの。
私は、ただ“隣にいたい”だけなのに。
いつも通りの顔をして、少し気遣ってくれて、でもすぐにまた背中を向けてしまう。
私が差し出した手に気づきながら――その手を取らない。
それでも私は、離れたくないと思ってる。
歩幅が違っても、温度がすれ違っても、
私はきっと――何度でも、その背を追いかけてしまう。
(置いていかないで。……いつかでいいから、隣を見て)
言葉にしたら崩れてしまいそうな想いを、
私はただ、焚き火の音に紛れさせながら、胸にしまい込んだ。
あともう少しで第一の山場に来ます。




