閑話 ――夜を継ぐ旅のはじまり
まだ――俺は、弱い。
何かを守ろうとして、手を伸ばして。
けれど、その手の届かないところで、大切なものが壊れていく。
血が流れ、声が絶え、笑顔が消えていく。
そんな光景を、これ以上見たくはなかった。
……俺のせいで、セレナを巻き込んでいる。
光を信じていた彼女に、
闇の中で戦わせてしまっている。
彼女は傷ついても、まだ誰かのために剣を握ろうとしていた。
そんな姿に、俺は――何度も救われてきた。
だから、強くなる必要がある。
誰かに勝つためじゃない。
俺の隣で笑ってくれる人を、失わないために。
「神代が言っていた。世界を見て回れば、何かが見つかると。
その先に、“ムー大陸”があると」
俺はそこに行く。
かつて“夜”が始まった場所。
すべてを失い、すべてを知った場所。
そこに辿り着く頃には――
たった一人でも、大切な誰かを守れる力を得ていなきゃいけない。
誰かの痛みに目を背けず、
誰かの涙を拭えるような、そんな力を。
たとえ孤独になっても、構わない。
誰かに嫌われても、拒絶されても、
それでも歩く。
――仮面をかぶってでも。
……そして、もし俺が強くなれたのなら。
そのときは――
誰かを“赦す”ことができるのだろうか。
それができたとき、きっと俺は“夜”を超えられる。
その夜、神代財閥の本社をあとにした帰り道。
濡れたアスファルトが、街灯をぼんやりと映していた。
風が冷たくて、静かだった。
その沈黙を破るように、セレナが不意に口を開いた。
「エンド、何か……暗い顔してるよ?」
振り返ると、どこか不安げに、それでいて気丈に笑う彼女がいた。
優しくて、強くて――それでも、脆さを抱えたまま立っている。
彼女は、何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「……もっと誰かを頼って」
本当は、そう言いたかったのかもしれない。
けれど今のエンドには、その言葉は重荷になると分かっていた。
その言葉が、どれほど残酷になりうるか――彼女は、知っていた。
だから、彼女は笑ったまま、それ以上は何も言わなかった。
「……いや、なんでもないさ」
強くあろうとするその言葉の裏で、
俺は夜空を見上げていた。
曇った空。月は見えない。
星も、灯らない。
(……誰か、俺を赦してくれる存在はいるのだろうか)
弱さも、罪も、逃げたことも――
すべてを見て、それでも傍にいてくれる誰かが。
答えは、まだ出ない。
けれど、それでも足は止まらない。
俺の夜が始まった地、“ムー”へ行くために。
そのために、俺は世界を巡る。
答えがそこにあると、信じているから――。
――そしてその旅の終わりに、誰かが笑っていてくれたなら。
それが、俺の願いだ。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この物語は、“孤独”や“赦し”と向き合いながら歩く少年の旅です。
ただの冒険譚ではなく、痛みや迷いを抱えた人の心に、何か一滴でも届くようにと願いを込めて綴っています。
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この物語を紡ぎ続けるための灯になります。
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今はまだ夜の途中。
それでも、空を見上げる瞬間が、いつか訪れると信じて。
――また、次のページでお会いしましょう




