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第34話 君はまだ夜の入り口にいる

「……あなたの“目覚めの一杯”は、あの人のとはまるで違うわ」


 セレナの声は静かだったが、そこには確かな怒りが込められていた。

 その言葉に、慧臣は肩をすくめる。


「まぁまぁ、そう言わずに。

 せっかく淹れたんだ。――ほら、とりあえず、こっちにでも来たら?」


 俺たちは、扉の前から一歩も動かなかった。

 空気が張り詰めている。


 慧臣はわざとらしくため息を吐いた。


「んもぉ〜、つれないなぁ」


 そう言って、椅子にふわりと腰を下ろすと、テーブルの上に置かれていたチーズケーキにフォークを突き刺し、ひと口。

 口の中で転がすように味わいながら、ぽつりと呟く。


「それにしても……銀の神子はまだ分かるとして――

 さすがだよね、“トレイナが作った最高傑作”。」


 ――その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが弾けた。


 怒りというより、本能だった。


 俺の身体は、影に溶けるように動いていた。

 思考よりも先に、殺意が走っていた。


 瞬時に影を渡り、慧臣の背後を取る。

 同時に、自らの影でその動きを縛り、完全に封じた――はずだった。


 だが。


「んっ」


 動揺したのは、俺の方だった。


 気づけば、俺の首元には――

 さっきまでチーズケーキを食べていたはずのフォークが、ぴたりと当てられていた。


 椅子から一歩も動いていない。

 視線すら変えていないように見える――

 いや、最初から来ると分かっていたのかもしれない。


「やっぱ、“素材”いいんだァ〜」


 無邪気な声で、慧臣は笑った。


 その顔には、微塵の緊張もなかった。

 ただ、玩具を試すような、好奇心に満ちた目をしていた。


 ゆっくりと立ち上がり、俺の顔を覗き込む。

 舐め回すように俺の瞳を見つめながら、楽しげに言う。


「ねぇ、エンド君。君さ、すごく綺麗な目をしてるよ。

 光の中でも、闇の中でも、ちゃんと“揺れてる”んだ」


「エンド……!」


 セレナが叫ぶ。

 その身体の周囲に、光が集まり始めていた。

 膨張するような魔力の奔流――怒りの力だ。


 今にも爆ぜそうな輝きの中心に、彼女がいた。


 慧臣はちらりとそちらに目をやり、静かに告げる。


「やめた方がいいよ、その“光”。

 殺されるのは僕じゃない――君のパートナーだよ」


「はっ……!」


 セレナが苦悶の声を漏らし、光を無理やり収束させる。

 歯噛みする音が、はっきりと聞こえた。


「それに、君たちじゃまだ僕を倒せない。

 仮に倒せたとしても――困るのは、この国と世界の方さ」


「セレナ、大丈夫。俺は平気だ」


 俺は息を整え、慧臣の正面に立った。


「それで――神代。

 お前は何を知ってる。

 この世界のことも、俺自身のことも」


 問いかけながら、俺は指先で空を切るようにジェスチャーを加える。

“これが取引でも戦いでも、俺は引かない”――そう伝えるために。


 慧臣は観客席から舞台を眺めるような顔で、にやりと口元を緩めた。


「ふふっ。

 何をって? そんな大層なことじゃないよ」


「……?」


「君たちより、ちょっとだけ“詳しい”だけさ。

 ほんの――二、三世紀分くらいね。」


 その笑みの奥には、確かに“時間”の重みがあった。


 そして、慧臣はふと思い出したように続ける。


「僕はいろいろ知ってるよ。ムー大陸出現がなぜ起きたのかもね。

 でも――トレイナが“外”から来た時は、さすがに少し驚いたなぁ」


 セレナの眉が、わずかに動いた。


「答えは全部は言わないよ。ヒントだけ。

 君たちの力じゃ、まだ足りない。……だから、世界を見て回るといい。

 その先で“ムー”に辿り着けるなら――君たちは、本当にこの夜を継ぐ資格があるかもしれない」


 慧臣はそう言って、俺たちに背を向けた。

 まるで「用は済んだ」とでも言うように。


 俺たちは踵を返し、執務室の扉へと向かう。

 だが――そのとき、彼の声がまた響いた。


「あっ、そういえばエンド君」


 俺の足が止まる。


「君、まだ本当の力に気づいてないね?」


 背後の壁に伸びる俺の影が、誰にも触れられていないのに、微かに“ざわり”と揺れた。

 まるでその言葉に――何かが呼応したかのように。


 振り返る前に、慧臣はニヤリと笑っていた。


「いいのは“素材”だけじゃなかったみたいだね」


 その一言が、静かに胸の奥を打った。

 慧臣の瞳が映す“何か”に触れそうで、俺はそれ以上振り返れなかった。


 扉が、静かに閉まる。


 ――夜の底は、まだ見えていなかった




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2章の最後の回です。


ちなみに――

なぜ「東京の冬」を舞台にしたかというと、


吸血鬼として蘇った彼が、「祐」としての温もりや人間性を徐々に失っていく過程を描きたかったからです。

冷たく凍える冬の東京という舞台は、彼の内面にある“孤独”や“虚無”と重なります。

“祐の終わり”と“エンドとしての始まり”を象徴させたかったのです。


……まあ、だいたい思った通りに描けたんじゃないかな、と、今はそう思っています。


3章もよろしくお願いします。

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