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第102話 仮面と"門限"

 ロンドンの夜は、なおも深く、そして冷たかった。


  霧雨に濡れた街灯が、濁った金色の光を路面に滲ませる。

 石畳は過去の時代の記憶を刻んだまま、今なお都市の脈動の下に沈み、テムズ川から吹く風が高層ビルの隙間を縫って抜けていく。


 遠くには時計塔の影、近くには閉じた店のシャッター。

 過去と未来の建築が肩を並べるこの街では、古きものも新しきものも、同じように“夜の帳”に飲まれていた。


 人々の営みはすでに遠のき、地上の雑踏は静寂に変わっている。


 だが、その静けさの下――

 都市の影を走る者がいた


 濡れた路地裏を、ひとつの影が音もなく駆け抜ける。


 仮面の男――エンド。


 今日もまた、“夜”の秩序を正すため、独りで吸血鬼狩りに身を投じていた。


(最近、吸血鬼が増えたな……)


 呟きは、冷えきった空気の中に溶けた。


 目の前には、すでに片膝をついた吸血鬼が一体。

 血まみれの顔で、虫の息を吐く。

 エンドは無言のまま、右腕を振りかぶり――


 ズブッ。


 吸血鬼の胸元に突き立てた手が、心臓をえぐり取った。

 返り血が仮面に飛び散り、紅が夜の仮面を染める。


 エンドはそのまま腕で血を拭った


(貴族に関する情報は……今日も、なし)


 街の灯が遠く滲む。


 踵を返しかけた、その時だった。


「こちら第4班、仮面の吸血鬼を発見。戦闘に入る」


 無線の報告と共に、背後の闇が動いた。


 地を蹴る音。

 浮かび上がる双影。


 二人のG.O.Dエージェントが、すでに包囲網を構築していた。


 その装備は、吸血鬼を殺すためだけに洗練された“兵装”。

 指輪型のレヴナントが変質し、瞬時にライフル型へと展開。

 黒塗りの銃口が、赤い瞳を捉えた。


 ――発砲。


 閃光が夜を裂き、弾丸が空気を裂いて迫る。


 エンドは身を翻し、路地の壁面を蹴って跳躍。

 地面の水たまりが跳ね、銃弾がその跡を穿つ。


(……殺しに来てるな、初手から本気だ)


(この角度と速度……訓練された連携、さすがに手慣れてるな)


 思考が加速する。

 数ミリ単位で身体を傾けながら、エンドは物陰へと身を滑り込ませる。


「姿を晒してくれるとは、ありがたいな……仮面の吸血鬼」


 言葉と同時に、さらなる銃撃。


 エンドは、無数の閃光を紙一重で躱し、次の瞬間――

 二本の刃が同時に展開される。


 一振りは、《咎》――罰を下すための刃。

 もう一振りは、《赦》――許しを与えるための刃。

 その双刃は、まるで相反する運命を同時に象徴するかのように、血の意志に応じ輝いた。


 エンドは一気に霧化。


 宙にほどける粒子となり、銃弾を無効化して突撃――


 だが。


「投げろ!」


 もう一人のエージェントが、懐から円筒状の物体を取り出し、地面に叩きつける。


 閃光。


 そして、霧を“裂く”ような衝撃波。


(……グレネード。霧化対応の……っ!)


 分子のように散った霧が、強制的にその場に“剥がされ”る。


「クソッ、面倒なことを……!」


  その時、敵のエージェント――もう一人が、レヴナント剣の形状へと武器を変え、肉薄してきた。

 鋼がぶつかる、金属が軋む音が、闇に凍り付いた空気に激しく響いた。


 「キンッ――」


 咎の刃が敵の突撃を受け止めるが、同時に横から銃撃が入り、射線が広がる。


 射線を広げられ、挟撃を受ける。


(連携がいいな、さすが本部直属か……)


 だが、エンドも黙ってやられるつもりはない。


 影を渡り、銃の男の背を取る。


 男が反射的に振り返る――が、


 仮面の奥で、エンドはわずかに口角を歪めた。

 それは笑みではない。

 あまりにもよくある“愚かな反応”に対する、諦めと軽蔑が混じった皮肉だった。


(……撃つより、マシだろ)


 そのまま、手を銃の形に変える。



「バン」


 血弾を一発。


 銃が砕け、男がのけぞる。


(……残り、一人)


 が、その瞬間。


 複数の足音。


「なんだ、もうやってんのかよ!」


「混ぜろや、仮面野郎」


 吸血鬼たちだ。


 目が戦闘時特有の赤に染まり、血の渇きに支配されている。


「チッ……地下の害虫共か」


 G.O.D隊員が舌打ちし、残るエージェントに合図。


「引くぞ、今は交戦継続のメリットがない」


 二人は煙幕のようなカバーを使い、撤退していった。


 代わって、吸血鬼たちが取り囲む。


「お前が、最近騒がれてる仮面の奴か」


「さぁ、自分では意識ないけどな」


「なら、噂の続きを俺らが語ってやるよ。二十一世紀の切り裂きジャック!」


 吸血鬼たちが、各々の血を武器へと変質させていく。

 剣、鎌、矢、爪――様々な“血の形”。


 だが。


 「生憎、門限があるんだよ」


 エンドは苦笑いを浮かべながらも、肩を竦める。


「……心配させると、怒るんでね」


 その短い一言に、彼の影はふわりと揺れ、闇へと溶け込むようにして姿を消した。


 残された吸血鬼たちは、怒声をあげ、舌打ちの音が夜の静寂を突き崩す。


 ――


 その後、場所は一転して宿の部屋へ。

 古びた窓辺には、夜の風にそよぐカーテンが静かに揺れ、

 部屋の隅には温かさを感じさせる明かりが差し込む。


「……ただいま」


 明かりも落ちた部屋の中。


 ベッドの端に座っていたセレナが、組んだ腕をほどき、冷ややかに告げた。


「……遅い」


 その声は、蝋燭の炎のように揺れていた。怒りではない。

 ただ――誰かの無事を待ち続けた者だけが持つ、静かな鋭さだった。


 エンドは仮面を外しながら、小さく息を吐く。


「……ただの狩りだよ。少しばかり、長引いただけさ」


 だがその視線は、決してセレナから逃れられなかった。


 なぜなら――彼女の瞳は、暗闇の奥でも、すべてを見透かしていたからだ。

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