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第10話 夜明けより遠く

 玲だった“もの”を、土に埋め、簡素な墓標を立てる。


 アンデッドが増えてからというもの、死者が蘇るのは珍しいことではなくなった。

 僕のように利用され、命の尊厳を奪われる者も多い。

 だから今の世では、死者は火葬されるのが一般的だ。


 ――けれど。


(……火なんか、使いたくなかった)


 僕は、この手で玲を焼く気にはなれなかった。


 安らかに眠ってほしかった。ただ、それだけだった。


「こんな簡素な墓で……ごめんな……」


 森には花ひとつ咲いていなかった。

 だから少し離れた場所まで歩いて、小さな白い花を摘んできて、供えた。


 **


 短く手を合わせ、静かに目を閉じる。


「……行くか」


 そう呟いた僕の声は、ひどく掠れていた。

 けれど、その声を乗せた風は、玲の墓標を優しく撫でていった。


 その微かな風が、まるで彼女の最後の微笑みのようだった。


 **


 **


「セレナ、これはどういうことですか?」


 聖堂の執務室にて、ヴィザが静かに、しかし厳しい声を投げかける。

 机の上には、かつて彼女に与えられた“光滅の剣”。


 だがセレナは、一切の弁明をせず、ただ首を横に振った。


「今の私は……自分の気持ちが分かりません。

 少しだけ、ひとりで……世界を巡らせてください」


 彼女は、まるでその剣が“重すぎる”かのように、そっとテーブルに置いた。


「返上します。

 世界には……まだ、救うべき人がいる。

 “救い”の意味を……私はもう一度、自分で確かめたいんです」


 **


「……そうですか」


 ヴィザの声は落ち着いていた。

 だがその眼差しの奥に、深い悲しみが宿っていた。


「残念です。

 貴女ほどの才を持つ者はいない。

 “次代の英雄”――その名にふさわしい者も、他にいない。

 ……そして、貴女ほど“優しさ”を備えた者も、いない」


 **


 静かに、ヴィザは手を伸ばし、机の上の剣を再び彼女の方へ押し戻した。


「その優しさは、美徳です。

 だが、同時に……呪いにもなる。

 それが、聖職という立場だ」


 少しだけ間を置いて、彼は続けた。


「旅に出なさい。

 “何が正しいのか、何が間違っているのか”――

 自分で決められるようになるまで」


 **


 セレナは、ほんのわずかに目を細めて微笑んだ。


「……感謝します」


 そう言って、剣を再び手に取る。


 それは、かつて使命の象徴だったもの。

 だが今は、彼女自身の意志で携える“決意の証”だった。


 **


「……それと、セレナ」


 ヴィザの声が一段低くなる。


「――あのアンデッドに伝えてください。

 “次はない”と」


 彼の瞳は、すべてを見抜いていた。

 それでも、命を奪わなかったという事実だけが、セレナへの敬意だったのだろう。


 **


 **


(……母さん)


 森を抜け、僕は街を背にする。

 もう二度と戻れない。

 戻れば、あの人まで巻き込むことになるから。


(……しばらく、ここを離れるよ。

 僕がここにいる限り……きっと危険は絶えない)


 空は深く、黒く染まっていた。

 今夜は新月――世界のすべてが、闇に飲まれる夜。


 けれど、だからこそ。

 闇の中に差す微かな光は、誰よりも鮮烈に見える。


 **


「……なんで、ついてきてんだ?」


 僕は、隣で黙って歩く彼女に問いかけた。


 セレナは、少しだけ黙ったまま歩き続ける。

 その横顔は、どこか幼い頃の彼女のままだった。


 やがて、彼女は小さく呟く。


「……正しさを見極めるため」


 それから、ふと僕の方を見て、少しだけ口調を和らげた。


「……それに、貴方を放っておいたら、吸収衝動で誰かを殺しかねないでしょう?」


 **


「……そうかよ」


 僕はそう言って、ふっと笑う。

 誰かに“心配された”のなんて、何年ぶりだったろう。


 **


 銀と白――

 かつて“聖”と“闇”にあったはずの2人が、

 今は同じ夜の道を歩いている。


 互いの背中に、消えない罪と傷を背負いながら――

 それでも、同じ未来を目指すように。


 **


 この先に何が待っているのかは、誰にも分からない。

 でもきっと――


 この闇の旅路の先で、僕たちは“正しさ”と“救い”の答えを見つける。


 そんな気がしていた。


 **


 夜はまだ、始まったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
ここまでは正直「昏き宮殿の死者の王」の登場人物や設定を少し変えただけで、あらすじを早送りでなぞっただけですね。この作品独自の展開に期待したいです。
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