悪党に説法
震えも怯えも、ましてや驕りも無くマリアは、はっきりと声をあげた。
またマリアを抱える男が覆面の中で笑った。
今度はそれとわかる溜息のような声が聞こえたのだ。
不審に思ったのは瞬きする間で、次にそれは驚きに変わった。
頬に銀色の髪がふわりとかかった。
その肌が抜けるように白く見えるのは、黒ずくめの服のせいではない。
マリアを見下ろす双眸は、溶かし込んだような金色をしていた。
『おい!』
助手席の男が後部座席を振り返って叫んだ。
彼らにとっても、この男の行動は予想外だったようだ。
急ブレーキを踏み続ける車とは裏腹にゆっくりとマリアを飲み込む金色。
マリアは、腕を伸ばしていた。
そして、
「痛い!」
腹が立つほど白い頬をつねりあげる。
「……なんだ。本物の人間なんだ」
ほっと息をつくと、マリアから頬を守るようにおさえて作り物めいた顔の男は喚いた。この男が、マリアを抱えていた男である。
「いったいなんだと思ったんだ!」
「あんまりにも嘘くさいから作り物かと思って」
一瞬でもこんな男に怯えたのは間違いだったとマリアは結論づける。
「人肌の温もりがあって良かった」
「…………」
強盗であるはずの男は、心底不思議なパンダでも見るような目つきでマリアを見た。
覆面が取られた今となっては表情がよくわかる。
少し伸びた前髪のプラチナブロンド、そして人の目を奪う深い黄金の瞳。
一見して人形のようだが、その双眸には射抜くような光を湛えている。
まさか人形に抱きかかえられていたのかと背筋が冷えたが人間だとわかると、どうにかなりそうだとマリアは思った。
「放してよ」
いつのまにか車はどこかに止まっている。
けれど、見た目に派手な男は一向にマリアを解放しようとはしなかった。
答えといわんばかりに、その人形のような顔が不意に生気を得たように微笑んだのだ。
そうしてマリアを車の外に引っ張り出す。
マリアは不承不承地面に足をつけて立つが、痩身のどこにそんな力があるのかと思うほど力強く、男に手を握られたままだ。
同じように車から降りたらしい他の男たちも、戦利品を持って歩き出す。
その先を見とめてマリアは絶句した。
セスナ機だ。
小型だが、それでも二十人程度なら乗り込めそうな。
まさか空港とは思わなかった。
周りに人はいない。
マリアは改めて男の手から逃れようともがいた。
「放してよ! 私はもう要らないでしょう!」
だが、男はもがくマリアの手を不意に引っ張った。
唐突だったため、マリアは男の胸へと再び倒れこんでしまう。
待ち構えた男は、したり顔でマリアの耳元へと唇をよせる。
「放さない」
ぞわりと背筋が粟立った。
「なっ……」
「今日の僕の収穫が、君だからだ」
思わず絶句するマリアをさも楽しげに男は見つめ、
「泥棒が、自分の獲物を置いて逃げるはずがないだろう?」
動けないマリアの体を軽々と抱き上げた。
セスナは既に離着準備を整えているようで、エンジンの轟音が鳴り響く。
ごうごうと風を目の当たりにして、マリアはようやく声を張り上げた。
「放せっ! 人攫いっっっっっ!」
…泥棒に説法だと誰に言われなくても、わかっているつもりだ。身をもって。