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怪盗と私  作者: ふとん
2/5

響けクレーム

 マリアを引きずっていた男はうるさそうに彼女をみやったが、顔色を変えないまま(覆面をしているのだから当然だ)銀行の外へと走り出す。

 一瞬、街頭は騒然となったが、男たちはたじろぎもしない。

 引きずられていたマリアのすぐ後ろでは銀行の防犯シャッターが勢いよく閉じる。いよいよ逃げ道が無いようにも思えたが、彼らは銀行の裏道に止めてあった黒いバンへと各々を投げ込んだ。

 座席に文字通り放り込まれたマリアは顔を窓に打ちつけそうにもなったが、腕を掴んでいた男が彼女の体をさっと抱きかかえた。

 それと同時に、バンは急発進するので、マリアは男の腕から逃れる隙もなく倒れこむ。

 だが、舌をかむのを覚悟してマリアは自分を抱きかかえている男の胸倉を逆に引っつかんだ。

「ちょっと! 降ろしてよ! お金が手に入ったんだから私は用なしでしょう! アンタたちがどうなろうと私には関係ないんだから!」

 胸倉を掴み上げられた男の方は、少し驚いたように顔をマリアに向けたが、

「黙ってないでなんとか……っ うわ!」

 どこを走っているのかカーレースでしか使わないような車のドリフトで、マリアの体は横に吹っ飛びそうだ。またもや窓に体をぶつける寸前で、男がマリアを抱きかかえた。

「静かにしているんだね。Lady」

 やたら発音の良い穏やかな声は、決してマリアに好意的ではない。

 それがわかっていたが、マリアは男に抱きこまれたまま口を開く。

「喋れるなら初めからそうしなさいよこの木偶の坊! こちとらアンタたちのドライブに付き合ってるヒマなんか一分一秒一ミクロンもないのよ! 大学行ってとっととレポート提出して講義受けたら次の深夜バイトが待ってんの! 帰ったら速攻寝て朝っぱらからまたバイト! 他人様の金使おうなんていうアンタたちと違って有難いお給料で生きてるまっとうな人間なのよ私は! それにアンタたちの背格好や声なんか覚えてるヒマなんかあったら英単語の一つも覚えるんだから、好きなだけお金持って逃げなさいよ私を置いて!」

 急カーブを繰り返す車内は静まり返った。

ただ一人、マリアだけがぜぇぜぇと息切れしたまま男たちを睨みつけた。

 急ブレーキの甲高い悲鳴だけが響く。

 マリアを抱きかかえていた男は彼女の顔を見、それから声を出したと思えば早口でまくしたてた。

 それはマリアに向けてというよりも、運転席と助手席の男に向かってのようだ。

 英語ではない。

 それだけはマリアにもわかった。

 だから、

『せめて英語で話しなさいよ!』

と、言ってやる。

 自慢ではないが前に居た孤児院の院長の方針で英語は日常会話レベルなら出来るのだ。

 男たちは騒々しく走る車とは裏腹に一瞬、顔を見合わせる。

 だがその静寂は本当に一瞬で、


『あっははははははははははは!』


 思い切り外人の軽快な笑い声が車中を埋めた。

 マリアはぐっと奥歯を噛むように外人(覆面でわからないが)たちを精一杯に睨む。

『何笑ってんのよ! 強盗!』

『わかってないな。レディ』

 笑いをにじませたまま、穏やかな声が降って来る。マリアはすっかり忘れていたが、覆面の男に抱きかかえられているのだ。それはとても密着した状態で。

 マリアは自分を抱え込むようにしている唐突に黒のタートルネックとチノパンがやたら肌触りの良い高そうなものだということと、痩身に見えてやたらしっかりとした筋肉の胸板だとかにあたふたした。男女ごちゃまぜに育てられる孤児院で育ったマリアが初心を決め込むつもりはないが、バイトに学校と忙しくて彼氏も出来なくてこんな扱いに慣れていないのは仕方が無い。気が緩むと顔が赤くなるのを自覚しながら、マリアは叩いてもびくともしない男の体を押しのけた。が、またしても急ブレーキで「おっと」と男に抱えられてしまう。

『そうそう。大人しくしてなさい。レディ』

 少し楽しげに言う男は、マリアが内心焦っていることをわかっているのだろう。それが悔しくてマリアは顔を上げる。予想外に覆面が近いが気にしない。

「だからアンタの言うことなんて…っ」

「極悪人を刺激するのは賢明な人間のすることじゃないな」

 静かに、だが深い声音で男は日本語でそっと呟く。

 マリアは言葉を無くして眉を歪ませた。

 背筋がぞわりと粟立った。

 初めて、マリアは男の得体の知れなさを感じた。

 銀行強盗というだけではない。

 それだけには留まらない、得体の知れない男。

 覆面越しにも薄気味悪い男は、黙り込んだマリアの体を支えたまま。

 男が嗤った気がした。

 悔しくなった。

 どうして、こんな強盗に怯えなくてはならない。

 マリアには、一つも落ち度はないというのに。

 顔をあげた。

 羽交い絞めにされているといった方が良いような体勢ではあるが、それでも決然と。


「アンタなんか怖くない」



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