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虐めたくない転生悪役令嬢と虐めてほしいヒロインの話  作者: 遊瑕かす
第一章 婚約破棄騒動
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参:婚約者の本性

 コルトは校内でも生徒会しか使用できない生徒会専用の会議室に私を連れて来た。

 彼はその才覚を買われて、入学早々に生徒会副会長に抜擢されたのだ。それはゲームの設定と同じである。


 そして、会議室の戸を閉めると同時に私に詰め寄って来た。


「スカーレット! 正直に答えてくれ。君は僕に隠し事をしているのか?」


 その剣幕に驚く。

 もしや、シャルロットから、私に虐められているとでも吹き込まれたのだろうか。


「……隠し事とは?」


 警戒しながら問い返すと、彼は言いづらそうに視線を落とした。


「シャルロットが話していたが……僕にはどうしても君が誰かを虐めるとは思えないんだ」


 コルトがその点について私を信頼してくれていたことは予想外だったが、これは幸いだ。私はきっぱり答える。 


「え、ええ。勿論です。私は他者を軽んじるようなことは、家名に懸けて、断じていたしません」


 しかし、彼は何故か肩を落とした。


「そうか……そうだよな……君が虐めてくれるなんて、夢のような話、嘘だと思ったんだ」

「……虐めてくれる? 夢のような……?」


 妙に引っかかる言い回しだ。何だか突然雲行きが怪しくなってきた。

 この王太子、一体何を言おうとしているのか。


「そうだとも! シャルロットが言うには、本来の君は、彼女を蔑み、時には突き飛ばし、時には罵倒してくるような加虐性の持ち主だと……! もしそうだとしたら、是非僕のことも罵って縛って、時には踏んで……」

「ちょぉぉぉっと待ってぇぇぇ!」


 王太子の突然のカミングアウトについていけず、思わず叫んでしまう。


 何故そんな期待に満ちた顔で私を見る。

 是非縛ってくれと言いながら両手首を揃えて私の前に突き出すな。


 実は前世でも、こういうことがあった。

 昔ヤンチャをしていた私を、勝手にドSだと認定して、虐めてほしいと頼み込んで土下座してきた男が。

 喧嘩は強かった私でも、性癖的な部分で言えばSではない。

 あの時は確か、そういう店に行けと促して追い返したっけ。


 当然ながら、この世界にそんなマニアックな店は存在しないし、仮にあったとしても王太子が通っていたらとんでもないスキャンダルになる。


「私は! 断じて! 他者を痛めつけるような趣味は! ございません!」


 口調を強めて断言する私に、コルトは縋るような目を向けてくる。


「そんな顔しても駄目です。私は誰のことも虐めませんからっ!」


 それだけ言い放って会議室を出ると、丁度入ろうとしていた人物とぶつかりそうになった。


「っと、失礼」


 さっと一歩下がって一礼したのは、見覚えのある男子生徒だった。


 すらりとした長身に鍛え上げられた筋肉質な体つき、白銀の髪に鮮やかな緋色の双眸を有した彼は、グレイヴ・エクエス。伯爵家の令息にして王立騎士団長候補の呼び声高い剣の天才、そしてゲームの攻略対象の一人である。


「私こそ確認不足で失礼いたしました。では」


 ゲームの攻略対象とは関わり合いになるべきではないので、私はそそくさと立ち去ろうとする。


「ああ、スカーレット様、少しお時間いただけませんか?」

「……何か?」


 嫌な予感がして、思わず身構える。

 と、その時だった。


『緊急事態発生。訓練用の魔物が脱走しました。全校生徒は教室へ避難し、緊急用の施錠を行なってください』


 けたたましい警報と共に、緊迫した声が校内に響き渡った。

 訓練用の魔物とは、騎士学科の生徒が魔物討伐の訓練をするために、生け捕りにされた魔物のことだ。

 生け捕りにできるくらいなので、個体としてはさほど強くはないが、それでも魔物である以上は人を襲うため、脱走すると捕まえるか退治するまで、一般生徒は避難するよう指示されるのだ。


 特に、一般生徒の中には攻撃魔法や防御魔法の使えないレベルの貴族令息令嬢も多く、もしも彼らが魔物と遭遇したらひとたまりもない。

 そのため各教室には、緊急用の施錠装置が設置されている。簡易魔法が掛けられており、起動すれば教室が強固な結界に覆われる仕組みだ。魔力がない者でも簡単に起動できる代物である。


 しかし、逆に言えば、教室全てが魔法具によって施錠された状態になってしまった場合、逃げ遅れた生徒は避難場所を失うことになる。

 私は思わず駆け出した。


 ゲームの公式設定でも、スカーレットは王太子の婚約者になれるだけの強い魔力を有しており、実際私の魔力量は学年でもトップクラスだ。


「スカーレット様っ?」


 避難しろと言われているのに生徒会室に戻らずその場を去っていく私に、グレイヴは驚いて声を上げる。


「危険です! 魔物が何処にいるかわからないんですから! 今すぐ手近の教室に……!」


 彼は説得しようとするが、私はそれを振り切って神経を研ぎ澄ませ、辺りの気配を伺った。


「……いた」


 魔物の気配を正確に察知して、そちらへ向かう。

 そこは騎士学科の実技の授業で使用される演習場だ。数人の男子生徒の気配も同じ場所にあった。


 演習場は広いが故に結界魔法の施錠装置が置かれていない。放課後に自主練をしていた騎士学科の生徒達が逃げ遅れたのか。


 私が到着した時、三人の男子生徒が剣を構えて魔物との距離を測っていた。

 魔物は牛程の大きさで、鼻息荒く赤い双眸をぎらつかせて生徒を睨んでいた。


 騎士学科の生徒とはいえ、魔物との実践は未経験のようだ。三人とも完全に気後れしているのが構えに出ている。


 私は咄嗟に周囲を見渡し、乱雑に置かれた練習用の剣を一振り手に取った。


「魔物! こっちよ!」


 声を上げると、魔物はゆらりと振り返った。


「あ、あれは、スカーレット様……?」

「き、危険です! お逃げください!」


 男子生徒が私に気付いて声を上げるが、私は剣を片手に唇を吊り上げた。


 懐かしい、この感覚。

 前世で少しばかりヤンチャをしていた私は、喧嘩では男相手でも負けたことはない。鉄パイプか木刀を持てば完全に無双状態だった。


 この剣も、練習用だけあって使い込まれており、手に馴染む。


「一回やってみたかったのよね」


 前世の記憶を取り戻してから、身体を動かしたくてうずうずしていた。いい機会だ。


 私は剣を構え、体内に宿る魔力を剣に込めた。


 とはいえ、前世の私はただの人間。魔法など存在しない世界で、人間相手の喧嘩しかしたことはない。

 牛程の大きさの魔物を前に、全然怖くないと言えば嘘になる。


 でも今の私、スカーレットには強大な魔力と、魔法の才能がある。負ける気はしない。


「喰らえっ!」


 脚に魔力を込めて床を蹴り、魔物の真上に跳んで、魔力を纏わせた剣を振り下ろす。

 

 硬い手応えとともに、魔物の首は両断された。

 断末魔を上げる間もなく魔物は絶命し、はらはらと塵と化して消えていった。


「……ふぅ」


 魔力を纏わせるだけで、これほど斬れ味が上がるとは。

 公式設定通りの強い魔力のおかげで助かった。


「……すげぇ」


 呟かれた声に振り返ると、演習場の入口にグレイヴが立っていた。


「……スカーレット様、剣の心得がおありで?」

「え、っと……まぁ、独学で……ちょっとだけ」


 前世で鉄パイプを振り回していた影響です、だなんて口が裂けても言えないのでごにょごにょと誤魔化す。


「スカーレット様! 助けていただき、誠にありがとうございます!」

「ご令嬢に助けていただくなど、本来は騎士の恥ですが、スカーレット様の強さには感服いたしました!」

「この御恩は一生忘れません!」


 先程魔物と対峙していた三人が駆け寄ってきて、口々に礼の言葉を述べる。


「これだけ強いなら、シャルロット嬢が話していたのも本当か……?」


 怪訝そうに呟いたグレイヴの言葉に、私は眉を寄せる。


「シャルロットさんが、どうかしまして?」

「あー……スカーレット様は、自分を罵倒して殴ってくれる加虐性の持ち主だと」


 あの女、そんなことを言いふらしていたのか。名誉棄損で訴えてやりたい。


「私は、断じて他者を傷付けたり軽んじたりしません! 強さは関係ありませんわ!」


 咄嗟に反論した私に、グレイヴはふっと笑う。


「そうですね。大変失礼いたしました」


 その笑顔に、胸の奥がぎゅっとなる。

 そうだ。思い出した。グレイヴは、前世の私の最推しキャラクターだ。

 攻略対象のキャラの中で最も男らしく、剣の才に溢れた彼に、前世の私は心酔していた。


「……っ!」


 いけない。この感情は。

 今の私は、コルト王太子の婚約者なのだ。


 私は紅潮する頬を両手で隠し、その場から逃げるように立ち去るのだった。

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