終:約束
学園に戻り、私達はジャック先生にことのあらましを説明した。
コルト殿下が根回しをしてくれていたらしく、お咎めもなく解放され、職員室を出た私はほっと息を吐いた。
「……なんかどっと疲れちゃったわね」
「スカーレット様! それでしたら私が、購買部で疲労回復薬を買って寮のお部屋にお届けします!」
言うが早いか、シャルロットは脱兎の如く走り出した。
「……張り切ってますね」
「友達と使いっ走りを履き違えてないかしら……」
これでは本当に下僕じゃないか。
まぁ、グレイヴと二人だけで話したいと思っていたし、丁度いいか。
「グレイヴ、この後少しだけ良いかしら?」
「はい、勿論です」
グレイヴが快諾してくれたので、私たちは校舎の屋上へ移動した。
「スカーレット様?」
「グレイヴ、今日は助けに来てくれてありがとう」
「そんな! 実際に助けたのはシャルロット嬢で、俺は何も……」
「ううん、来てくれただけで嬉しかった……あのね、まだ正式回答は待って欲しいんだけど、婚約の申し込みは、前向きに考えるようにするから……」
もう少し時間をちょうだい、そう言いかけて、言葉を呑み込む。
グレイヴが、私を抱き締めたから。
「ありがとうございます……!」
「……お父様にもそう伝えるけど、当面は、その……婚約者候補ということでも、いいかしら?」
「勿論です!」
グレイヴは嬉しそうに笑う。
「正式な婚約は、まだ私の中で決心がつかなくて……待たせてごめんなさい」
「いいえ。コルト殿下との婚約破棄からまだ日も浅いことはわかっています。どうか謝らないでください」
私の両手を握って、私を見つめてくるグレイヴ。
まだ正式な婚約者になっていないのに、この距離は本来なら絶対ダメなんだけど、離れたくないと、この手を放したくないと思っている自分がいる。
「……グレイヴ、一つお願いを聞いてくれる?」
「はい、何でしょう?」
「敬語はやめて。様も要らないわ」
「え……俺は嬉しいですが、正式な婚約者でもないのに、流石に……」
「二人っきりの時だけでいい。ね?」
私がそう促すと、彼は少し躊躇いがちに頷いた。
「わかった」
少し照れたように微笑んで、彼は私を見た。
「スカーレット」
「うん」
「……っはぁ……やばい、幸せ過ぎて死ぬかもしれない……」
感慨深そうに額を押さえる彼の耳は真っ赤になっている。
いかん、可愛い。
改めて推しキャラに胸キュンしつつ、私はその手を握り締めた。
私は悪役令嬢スカーレット・セレラトス。
でも、きっとこれからのシナリオに、悪役令嬢は登場しない。
私はグレイヴと、明るい未来を歩んでいく。
臆病な私は、二人の関係をゆっくり深めていくしかできないけど、それでもその未来を信じたい。
何より今は、この温かい手を放したくない。
手の温もりを噛み締めながら、私は決意を新たにするのだった。