壱:魔法学園
私が入学するメジケスコーレ魔法学園は、主に高位貴族の令息令嬢が通う由緒ある学園であるが、魔法の才がある者に関しては身分に関係なく特待生として入学できる制度がある。
私の家、セレラトスは侯爵家なので全く問題ない。
ヒロインであるシャルロット・プリンシパルは男爵令嬢で、貴族としては身分が低い方であるが、強い魔力を有しており、その才が認められて入学が決まる、という設定だったはずだ。
私は入学式で、婚約者である王太子、コルト殿下の新入生代表の挨拶をぼんやりと見ながら、今後の立ち振る舞いについて考えていた。
とりあえず、悪役にはならないように、極力静かにひっそりとしていようと心に誓う。
ただ、心配なのは、ゲームの世界であるが故に、シナリオから逸脱しようとしても、何らかの強制力が働いて私が悪役に仕立て上げられてしまうパターンだ。
例えば、私とすれ違いざまにヒロインが転倒して、私が足を掛けたことになるとか。
その可能性を少しでも潰すには、ヒロインと物理的に距離を取って、極力一人にはならず、常に信用のおける誰かと行動を共にするしかない。
「……スカーレット?」
不意に名を呼ばれて顔を上げる。
いつの間にか入学式は終了し、生徒たちは各教室へ移動し始めていた。
名を呼んだのは先程まで壇上にいたはずのコルト殿下。
金髪碧眼、いかにも王子様という美貌に長身。この世界での全女性の憧れの的である。
「……コルト様、申し訳ございません。少しぼうっとしておりました」
「大丈夫かい? 顔色もあまりよくないようだけど」
彼は優しく私を気遣ってくれる。今の時点では、まだ私のことを『自分の婚約者』として扱ってくれているからだ。
これが、ヒロインとの親密度が上がるにつれて、どんどんスカーレットへの当たりがきつくなっていくんだよな。
ゲームでのスカーレットの嫉妬の矛先がヒロインへ向かい、酷い嫌がらせをするに至ったのは、彼の態度にも問題があったんじゃないのか、と思ってしまう。
しかし、それはこの世界ではまだ起きていない未来。
私は平静を装って微笑んでみせた。
「ええ、大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」
スカーレットとして生きた十七年分の記憶もあるので、高位貴族としてのマナーは身体に染み付いている。それがありがたい。
コルトがすっと手を出してくれたので、それを取って立ち上がり、彼のエスコートで教室へ移動する。
ヒロインの恋路を応援すると決めた以上、コルトともあまり親密になりたくはないのだけど、今彼を避けるのは不自然だ。
当たり障りない会話を交わしながら、他の生徒からの羨望の眼差しを受けつつ教室へ入る。
と、その時、誰かがコルト様の肩にぶつかって来た。
「きゃっ! ご、ごめんなさいっ!」
きらきらした目で彼を見たのは、案の定ヒロインのシャルロットだった。
そうそう、コルト王太子との出逢いは教室に入って来た彼とぶつかる、まさにこのシチュエーションだ。
「大丈夫かい? こちらこそ、注意が足りず失礼した」
いかにも王子様然とした振る舞いで笑顔を浮かべるコルトに、周りにいた他の女子生徒も目がハートになっている。
「わ、私、シャルロット・プリンシパルと申します。同じクラスのようですので、是非仲良くしてください!」
そう言いながら、彼女は何故か私を見てくる。
「私はスカーレット・セレラトスです。こちらこそよろしく」
ここは侯爵令嬢として、礼儀正しく返すのが正解と判断した。
確かゲームでのスカーレットは「王太子であるコルト様にぶつかるなんて、無礼な!」と憤っていたはずだけど、彼が許している、というか最初から怒ってもいないのに私が憤慨するのはお門違いだ。
と、私の挨拶を受けたシャルロットが、何故かきょとんとした顔をした。
「……何か?」
「い、いえ……! 噂のスカーレット様にお会いできて、光栄です!」
「噂の……?」
何か言われているのだろうかと首を傾げると、彼女は慌てて誤魔化し、教室を飛び出して行ってしまった。
「……何だったのかしら……」
思わず呟くと、コルトが少し面白そうに私の顔を覗き込む。
「君があまりに美しいから、入学前から噂になっていたんじゃないかな」
「え? 美しい? 私がですか?」
スカーレットは確かに美人だ。しかし、コルトもそう思っていたということに正直驚く。
私達は、親が決めた婚約者同士であり情はあれど恋愛をしている訳ではないのだから。
それで思わず問い返すと、彼はさも意外そうに眉を上げた。
「他に誰がいる? スカーレット・セレラトスは僕の自慢の婚約者だよ」
悪役令嬢目線だと、序盤のコルトはこんなにも甘いのか。
ゲームでの冒頭部分は、コルトはあくまでも婚約者として最低限スカーレットに気を遣っているだけという印象だったのに。
ヒロインのいないところでこんな歯の浮くようなセリフを吐いていたとは驚きだ。
コルトはこんなキャラだったろうか。
この違和感が、後に大きな歪みになるとは、この時の私は知る由もなかった。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援頂けると励みになります!