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虐めたくない転生悪役令嬢と虐めてほしいヒロインの話  作者: 雪途かす
第二章 第二王子
19/24

陸:動き出した陰謀

 劇場係員と憲兵へ状況説明が終わって劇場を出た頃には、すっかり昼時を過ぎてしまっていた。


「……腹が減りましたね……今からでも入れるレストランはあるかな……」


 グレイヴが思考を巡らせる素振りを見せる。

 

 王都の有名店は、昼時を過ぎるとディナータイムの仕込みのため一旦店を閉めることが多い。

 まぁ、セレラトスの名前を出したら入れる店もあるだろうけど、なるべくそういう家名の使い方はしたくないのよね。


 グレイヴの家柄も由緒正しい伯爵家だが、彼もきっと同様だろうな。

 寧ろ、私のためにそうやって店を用意するかどうか、そうしたところで私がそれを喜ぶタイプかどうかで葛藤しているようにも見える。


「……グレイヴ、もしよければ、少し街を歩かない?」


 私がそう提案すると、彼はぱっと表情を明るくした。


「はい! 喜んで」


 そのまま並んで歩き出す。

 劇場付近には基本的に高級な店が多いが、一本通りをずれると、一般市民向けの店が増えて来る。


「……グレイヴは、大衆食堂へ行ったことはある?」

「はい。入学前に父の遠征についていったのですが、辺境の町には貴族用のレストランなんてありませんから、遠征中に町に立ち寄ると食堂に行っていました……スカーレット様は、食堂に興味がおありですか?」


 興味というか、前世の記憶が戻ったら庶民の味が恋しくなって、入学前に何度かお忍びで王都の食堂に行ったことがあったりする。


「実は、本で読んで気になって、入学前に一度だけお忍びで行ったことがあるの」


 動機をぼかしつつそう答えると、グレイヴは心底驚いたような顔をした。


「そうなんですか? それは意外です……では、もし良ければそこへ行ってみませんか?」

「ええ。私ももう一度行きたいと思っていたの」


 観劇帰りとはいえ、日中であるのと、学生の身分であるが故にそれほど華美な格好はしていない。

 そもそも、今回の劇は人気でチケットが取り辛いものの、格式が高いものではないので、正装は求められていないのだ。


 今着ているワンピースも、質の良いものではあるが、大衆食堂に入ってもそれほど浮きはしないだろう。


 グレイヴのエスコートで大衆食堂に入る。

 店は広々としているが、座席の間隔は狭く、前世の格安居酒屋を彷彿とさせる。

 店主が二度見してきたけど、私とグレイヴが慣れた様子で席についたのを見て、店員が少し戸惑った様子で注文を取りに来た。


「……あの、もしかしなくても、いい所のお嬢様だと思うんですが、店、間違えてませんかね?」


 店主と夫婦だろうか。中年女性がおずおずと尋ねて来る。

 私とグレイヴは顔を見合わせ、小さく笑ってから首を横に振った。


「ええ、勿論。間違えてなどいませんわ」

「……お貴族様のお口に合うかどうか……」

「大丈夫です。私、来たことありますから」

「ええ? 本当かい?」


 驚く女性に、私はにっこりと微笑んで見せた。


「ええ。ここのチキンステーキが美味しくて、また食べたいと思っていたんです。私たちの身分とかは気にせず、いつも通りのお料理をお願いします」


 料理名を出して褒めると、女性は店主と顔を見合わせ、少し肩の力を抜いたように見えた。


 そこで出された料理は、どれも美味しかった。

 普段食べている料理だって当然美味しいのだけど、やはり前世が庶民だったので、親しみのあるものに惹かれるんだろうな。


「……スカーレット様って、美味しそうに食べるんですね」

「変かしら?」

「いいえ。惚れ直しました」


 さらっとそんなことを言える彼に、思わず咽そうになってしまう。


「……本当に、貴方は俺の心を掴んで離さない……これほどまでに俺を夢中にさせて、覚悟はできているんですか?」


 不穏な響きが言葉に混ざっている気がする。

 果たしてグレイヴはこんなキャラだっただろうか。


「覚悟って……」

「もしこれで貴方への求婚を断られたら、俺はどうなってしまうのか……自分でもわかりません」


 自嘲気味に笑うグレイヴ。

 本音を言えば、今この場で求婚を承諾したい。

 前世の推しキャラということを差し引いても、私は間違いなくグレイヴに惹かれている。


 でも、悪役令嬢という立場で、本当に受けてしまって良いのか、まだ踏ん切りがつかないでいる。

 

「……困らせてしまいましたね。すみません、そんなつもりではなかったんですが」


 眉を下げて呟き、彼は残りの食事を口に運んだ。


 それから食事を済ませて店を出た私たちは、何となく気まずいまま、帰りの馬車に乗り込んだ。


「……一つだけ、聞いても良いですか?」


 グレイヴが唐突にそう切り出し、私は目を瞬いた。

 

「うん?」

「……何をしたら、スカーレット様は頷いてくださるのですか?」


 その問いが、私の胸を締め付ける。


 私が迷っている今の状況が、間違いなくグレイヴを傷付けている。

 そう思うと心底申し訳ない気持ちになった。


「……グレイヴは変わる必要なんてないわ……問題は私にあるんだから」

「問題? スカーレット様、もしや、他に好きな男が……?」

「違うわよ! ……ただ、私がグレイヴと結婚することで、もしかしたら貴方を不幸にしてしまうかもしれない、と……」


 何が起こるかはわからない。何も起きないかもしれない。

 ただ、ゲームのシナリオに存在しない未来が、不安で仕方がないのだ。


 と、私の言葉を受けたグレイヴは、心底不思議そうに首を傾げた。


「不幸? 貴方を手に入れられないこと以上に、不幸なことなんてありませんが……」


 あー、もう。

 彼の真っ直ぐ過ぎる言葉が心臓に悪い。


「もし、何か不安があるなら仰ってください。俺が、全て払拭してみせます!」


 宝石のような緋色の瞳が、私を射抜く。

 ああ、駄目だ。やはり、逃げられない。逃げたくない。


 うっかり婚約を承諾しそうになったところで、馬車が学園に到着し、停止した。

 気を取り直したグレイヴのエスコートで馬車を降りる。


 その時だった。


「っ!」


 何かを察知したグレイヴが私の腕を掴んで抱き寄せた。

 直後、私の首があった場所を、銀色の光が一閃したのだった。

 

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