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虐めたくない転生悪役令嬢と虐めてほしいヒロインの話  作者: 雪途かす
第二章 第二王子
18/24

伍:刺客

 劇の内容は、ありふれた恋愛もの。

 身分違いの恋の話。最終的には周囲を認めさせてのハッピーエンド。

 この世界ではそういったものが好まれる。

 悲恋ものや歴史ものも勿論あるが、貴族令嬢に好まれるのは王道のラブストーリーなのだ。


 かくいう私も悲恋よりはハッピーエンドものが好きなので、劇の内容は素直に楽しめた。

 無事上演が終了し、観客がまばらに席を立ち始めていく中で、グレイヴが私を振り返った。


「なかなか面白かったですね」

「恋愛ものなんてグレイヴには退屈だったんじゃない?」

「まぁ、普段はあまり好んで見たりしませんが、今回は迫力のある戦闘シーンが盛り込まれていて、俺でも楽しめましたよ」


 確かに、今回は主人公の相手役が盗賊に襲われるシーンがあり、派手な殺陣が繰り広げられていた。

 本物の騎士からしたら、役者が決まった動きをする殺陣は演武のようなものだろうが、それはそれで興味深いらしい。


「出入り口が混むので、少し待ちましょうか……ところで、この後のご予定は?」

「特にはないけど、午後には寮に戻って勉強をするつもりだったわ」


 もうすぐ期末試験だ。あまり遊んでばかりはいられない。

 それを聞いて、グレイヴはふむと頷く。


「わかりました。では、昼食は王都でご一緒にいかがでしょう」

「ええ、勿論」


 私が頷くと、彼は嬉しそうに笑った。


 と、その時。


「っ!」


 嫌な気配が肌を刺した。明らかな殺気と敵意と、魔力。


 はっとして頭上を見上げた瞬間、天井から吊り下げられていたシャンデリアの一部が外れたの見えた。


「っ! 防御魔法ディフェンシオっ!」

「スカーレット様っ!」


 私の防御魔法の展開とほぼ同時に、グレイヴが咄嗟に私を抱き抱えて横に転がる。

 直後、シャンデリアが落下し、轟音と共に砕け散った。

 目撃したどこぞの令嬢が悲鳴を上げたのが聞こえる。


 幸い、防御魔法が成立したので、破片の一つも当たりはしなかった。


「スカーレット様、お怪我は?」

「大丈夫よ。グレイヴは?」

「俺も大丈夫です」


 私に手を貸して立たせながら、グレイヴが視線を滑らせる。それは、私が先程殺気を感じ取った方向と一緒だった。


探知魔法テプレヘンシオ!」


 今の殺気の主を探す。

 しかし、感知できる範囲には見当たらなかった。

 

「……いない」


 逃げられたか。


 私の呟きを聞き取ったグレイヴが振り返る。


「……スカーレット様、今のは……」

「間違いなく、何者かによる攻撃よ。シャンデリアの一部に攻撃魔法を当てて落下させたようね……」


 殺気は間違いなく私を射抜いていた。

 狙われたのは私だ。


 だが、だとしたら何故だろう。私はもう王太子の婚約者ではないのに。

 誰かから恨みを買うような覚えはない。強いて言うなら、ミュラーとフランクは私を恨んでいるだろうけど。


 と、騒ぎを聞きつけた劇場の係員が駆け付けてきたので、事情と状況を説明する。

 証拠はないので、何者かによる犯行であるというのは、あくまでも可能性の話であるということを強調して伝えた。


「……スカーレット嬢?」


 背後から名を呼ばれ、そちらを振り返る。そこには見覚えのある少年が立っていた。

 金髪碧眼で儚げな印象の美少年。一度見たら忘れはしない。コルト殿下の弟にしてこの国の第二王子、マリクス殿下だ。


「マリクス殿下! 失礼いたしました。マリクス殿下にご挨拶申し上げます」


 さっと一礼すると、彼は慌てて首を横に振った。


「いや、こちらこそ急に声を掛けてすみません。僕も話題の劇を見に来ていたのですが……まさかこんな事故が起きるなんて……お怪我はありませんでしたか?」

「ええ、大丈夫です」


 優しい声色で私を気遣ってくれた彼の後ろには、側近が二人控えている。

 今回の上演は恋愛もので、貴族令嬢を中心に大人気の劇だ。

 いくら貴族の間で流行っているからと言って、第二王子が側近だけ連れて観に来るとは珍しい。


「……マリクス殿下、大変恐縮ですが、ただいま立て込んでおりますので……」


 グレイヴがさりげなく私を庇うように前に出る。

 おそらく、先日の魔物脱走事件で私が狙われたことを考慮して、警戒しているのだ。

 私を暗殺する計画が、マリクス殿下の主導であるという可能性が、まだ消えていないから。


「ああ、すみません。グレイヴ殿がこの事故の対応されるのであれば、僕がスカーレット嬢を学園まで送り届けて差し上げましょう」


 にこやかに、マリクス殿下が私に手を差し出してくる。


 これが善意なのか、それとも罠なのか、彼のその表情からは全く読み取れない。

 ただ何故か、本能が彼の手を取ることを拒否している。


 コルト殿下と同じ碧の瞳には、底知れぬ感情が揺らいでいるように思えた。


「お気遣いありがとうございます。折角ですが、私も事故の当事者ですので、グレイブ様と一緒に対応いたしますわ」


 笑顔でやんわり断ると、殿下は残念そうに眉を下げた。


「そう、ですか……仕方ないですね。じゃあ、僕はこれで」


 何か言いたげな表情だったが、マリクス殿下は流麗な仕草で一礼すると、側近を伴って去っていった。


「……まさか、マリクス殿下が私を送ると言い出すなんて……」

「……もしかしたら、マリクス殿下はスカーレット様との婚姻を狙っているのかもしれませんね」

「えぇ? マリクス殿下が?」


 それはないと思っていた。だって、実の兄と婚約破棄した女をそのまま娶ろうとするだろうか。

 いや、待てよ。それはあくまでも、前世が日本人である私の感覚だ。

 この世界には、前世とは異なるしがらみや風習が存在する。


 実際問題、この国に王妃教育を受けた未婚の貴族令嬢は、私しか存在しない。

 マリクス殿下の婚約者は、候補は何人か挙がっているらしいが、現状決まっていない。第二王子派の中でも更に派閥があり、揉めているらしいのだ。


「……確かに、王妃教育を受け終えている私を婚約者にすれば、色々手っ取り早い上に、セレラトス家の後ろ盾を得られる……王家としてもそれは望ましいことね……」


 セレラトス家は、由緒ある名門貴族だ。領地も豊かで資産もある。

 だからこそ、私が幼い時に王太子の婚約者に決まったのだ。


「……スカーレット様は、妃になりたいのですか?」

「えぇ? そんな訳ないわ。コルト殿下との婚約はお父様が勝手に決めたことだったし、そうなるものと思っていたけど、婚約が白紙になった以上、もう面倒な婚姻は御免よ」


 どうせなら貴族からも抜けて、辺境の町でのんびり暮らしたいくらいだ。

 まぁ、侯爵令嬢という立場上無理なんだけど。


「面倒な婚姻……」


 私の言葉を反芻して、グレイヴが黙り込む。


 しかしその後、劇場係員と、やって来た憲兵へ話をすることになってしまい、グレイヴとの会話は中断してしまった。

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