終:ヒロインの正体
私とコルトの婚約破棄は、あっという間に噂になった。
しかも、シャルロットに迷惑をかけられる私を放置したことで、セレラトス侯爵を怒らせて侯爵家側から婚約破棄を言い渡したという背景つきで。
シャルロットの奇行もそれに対するコルトの態度も周知の事実だったので、その噂を疑う者はおらず、婚約破棄を言い渡した父は娘のために英断したのだと評価されることになった。
当然ながら、学園内ではコルトに対してもシャルロットに対しても、学生たちは腫れ物に触れるように接するようになっていた。
そんな中、私はシャルロットに放課後話がしたいと呼び出された。
二人きりで話がしたいと言われたのだけど、流石に二人だけで会うのは色々危険な気がしたので、ジェーンに同行してもらおうと思ったが、彼女は委員会の仕事があると断られてしまった。
どうしようかと思案した時、グレイヴがたまたま声をかけてくれたので、その流れで同行を依頼すると、彼は露骨に嬉しそうな顔で引き受けてくれた。
彼は遮蔽魔法を自身にかけて、周りから存在を認識されないようにしながら私の傍らに控えてくれた。
シャルロットに呼び出された空き教室へ入ると、すでにそこにいた彼女が振り返り、申し訳なさそうな顔で深々と頭を下げた。
「スカーレット様、私の行動のせいで、コルト殿下とのが婚約が白紙になったと聞きました……本当に、申し訳ありません」
今までの態度とは一変したその様子に、思わず目を瞬く。
「シャルロットさん、どういう風の吹き回しですか?」
「……私のこれまでの言葉に嘘はありません。私はスカーレット様に虐められたかった……でも、本来ならそうなるはずだったのです」
「そうなるはずだったとは?」
「信じてはもらえないと思いますが、私には前世の記憶があるのです。この世界とは全く異なる世界ですが、その前世の記憶の中で、この世界のことを記したものがあったのです」
シャルロットのその言葉で確信する。
彼女も、私と同様に前世でこのゲームをプレイしたことがある転生者だと。
グレイヴが姿を隠して控えていることもあって、私も同じ転生者であると明かすのは気が引ける。
私が返す言葉に迷っていると、彼女は私が信じていないと思ったらしく、僅かに自嘲気味な笑みを溢した。
「夢の話だとでも思っていただければ良いです……私は、それで視たスカーレット様が本当に大好きで……それで、スカーレット様に虐めてもらえるのを、楽しみにしていたのです……でも、現実はそうならなかった……シナリオが違うと思った時点で諦めていれば、こんなことにはならなかったのに……本当に、ごめんなさい」
ああ、彼女は彼女なりに、自分の推しキャラに虐められたいと願っていただけなのか。
あの妙な言動が、ようやく腑に落ちた瞬間だった。
確かに、ゲームのファンには、一定数悪役令嬢スカーレットのファンがいて、「麗しのスカーレット様に踏まれたい」とか言い合っている、というのを聞いたことがある。
シャルロットの目的はコルトとのハッピーエンドでも、裏エンディングのハーレムエンドでもなく、ただスカーレットに虐めてもらうことだったのだ。
それでいいのかヒロイン。
そう思わない訳ではないが、気持ち的にはよくわかる。目の前に推しキャラがいたら自制心を働かせるのが一苦労、というのがオタクという生き物なのだから。
「……私こそ、貴方の期待に応えられなくてごめんなさい」
「そんなっ! スカーレット様が謝ることは、何もありません! 私のせいで、スカーレット様はコルト様との婚約を……」
「それは良いのよ。コルト様のことは、婚約者としての情はあったけど、男性として心から愛していたかと言われたら、そうではなかったから」
「……え、そう、なんですか?」
私の言葉が予想外だったらしく、シャルロットは毒気を抜かれたように目を瞬いた。
「……それで、シャルロットさんは今後どうするつもりなの? 先程の話では、貴方はただ私に虐められたかっただけで、コルト様をお慕いしている訳でもなさそうな口振りだったけど……」
学園内の噂では、二人が恋仲だということになっている。
だからコルトはシャルロットを諫めなかったのだと。
「私はそもそも殿方は好きになれませんから……」
彼女は申し訳なさそうに視線を逸らした。
そうか、彼女は恋愛対象も女性で、その上でスカーレットが好きだったのか。
前世からそうなのかはわからないが、恋愛対象が女性なのだとしたら、イケメンと恋愛するのが前提であるこのゲームをよくプレイしていたな。
そこまで考えて、彼女は自分がゲームをプレイしていたとは言っていないことに気付く。
オタク界隈では有名なゲームだったから、ストーリーや設定を知っていただけ、という可能性も充分にある。
シャルロットは、悲しそうな笑みを浮かべて一礼すると、部屋を出て行ってしまった。
「……シャルロットがコルト様と恋仲じゃないとすると、コルト様の次の婚約者はどうなるのかしら……」
つい先日まで自分の婚約者だったのだから、それなりに気にはなる。
というのも、王太子妃になるためには、王妃教育を受ける必要があり、それがまた非常に大変なのだ。
私は婚約が決まった幼い頃から叩き込まれてきたが、それを十代後半になって一気に履修しようとすれば、並大抵の努力では足りないだろう。
であれば、自国の貴族ではなく、他国の王族や公爵レベルの高位貴族から選んだ方が、婚約者自身の負担は軽くて済みそうだ。
「……私が心配することじゃないか……」
思い直してふっと息を吐くと、私の背後でグレイヴが遮蔽魔法を解除したのがわかった。
「シャルロット嬢の話は俄かには信じ難いものでしたが……妙な説得力がありましたね」
「嘘は言っていないと思うわ……いずれにしても、今の話は口外しないでね」
「勿論です」
グレイヴは頷いた直後、何か思い出した様子で顔を上げた。
「ああ、そういえば、ミュラーが第二王子派と手を組んだことを自供したそうですが、第二王子派は、思っていたよりも大きな組織になっていたようです……今回の件で、侯爵令嬢殺害未遂罪が適用されるため、一網打尽にできるかと期待されていたのですが、そうもいかないようです」
「そう……」
「今回スカーレット様が狙われたのは、コルト殿下のご婚約者であったが故でした。なので同じ理由で狙われることはもうないと思いますが、陰謀阻止の逆恨みで狙われる可能性は否めません」
「まぁ、そうよね……」
並の人間を相手に魔法無しの喧嘩だったら負ける気がしないが、相手がどんな卑怯な手を使ってくるか定かではない。
「そこで、この度宰相閣下に進言して、俺がスカーレット様の専属護衛につくことになりましたので、よろしくお願いします」
「へ?」
「閣下も、騎士団長の息子である俺になら任せられると仰ってくださいました……ここに、命を賭して貴方をお守りすると誓います」
推しキャラからの、とんでもない発言に顔が真っ赤になるのを感じた。
私の学園生活は、まだまだ波乱が続きそうである。
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