玖:自白
声がして初めて、私達、グレイヴ、レイン、シャルロット、フランク以外の気配に気づいた。
警戒しながら振り返ると、そこにはジャック先生が立っていた。
「……先生」
「ミュラーなら、先程ベイルが捕らえたと連絡があった。お前たちはそれを持って生徒会室へ来い」
先生がそれと言ったのは、倒れているフランクだった。
随分な言い方ではあるが、おそらく先生は、フランクが魔物脱走の件に噛んでいること把握しているのだ。
有無を言わせない圧力を感じて、私たちは大人しく生徒会室へ向かうことにする。
グレイヴがフランクを担ごうとするのをレインが止めて、浮遊魔法で宙に浮かせて移動させた。流石は魔法学科主席だ。
生徒会室に入ると、中にはコルトとベイルがいた。
そして壁際に置かれた椅子に、ミュラーが縄で縛り付けられている。
部屋に入ってきた私を見て、コルトがぱっと顔を明るくした。
「……スカーレット! 無事だったか! 良かった……」
心底ほっとした様子で息を吐くコルト。
その一方で、私を忌々しげに睨んで舌打ちするミュラー。
「……魔物を脱走させたのは、やはりミュラー殿だったんですね」
レインが目を細めると、ベイルが頷いた。
「ああ、先程は疑ってすまなかった……ジャック先生の結界魔法を擦り抜けられた上に、私の攻撃魔法を防御できる実力者となると、レイン殿くらいしか思い当たらなかったんだ」
消去法でレインを疑ったという訳か。
確かに、ベイルのあの攻撃魔法を受けられる生徒など、この学園にはレインと私くらいだろう。
「しかしレイン殿が私の目の前にいる状態で、魔物は脱走した……急いで飼育庫へ向かい、魔力を辿ったらこれに行き着いたんだが、私が捕らえて尋問したらあっさり自白した。フランクと共に、操作魔法を掛けた魔物を嗾けてスカーレット嬢を亡き者にし、その罪をコルト殿下になすりつけるつもりだったらしい」
「コルト様に?」
思わず目を瞬くと、コルトは申し訳なさそうに眉を下げた。
「ああ、狙いは、僕の王位継承権を剥奪することだったらしい……婚約者を殺害なんて、王家にとっては前代未聞の事件だ。もし証拠を捏造されて言い逃れもできない状況に追いやられていたら、僕は王太子の座を奪われることになっていただろう」
「そんなことをして、ミュラーとフランクに何の得が?」
「ミュラーは大神官の座、フランクは王族御用達の称号に釣られたようだ」
神官よりも上の役職である大神官になるには、神官のトップである神官長と、王族からの承認が必要となる。
その座を約束されたということは、黒幕が王族であるということに他ならない。
「……つまり、二人に魔物を解き放つよう命じたのはコルト様に代わって王位継承者となる人間……第二王子のマリクス殿下ということですか?」
マリクス・グロリア。
コルトの異母弟にして、王位継承権第二位の彼とは、私もコルトの婚約者として登城した際に何度か会ったことがあるが、儚げで繊細そうな印象の少年だった。歳は確か私たちより一つ年下の十七歳。
そして、ゲームでは名前しか登場しなかったが、意味深長な存在であり、ファンの間では、続編のメインキャラクターになるのではと噂されていた。
「まだ、確固たる証拠が出た訳ではないし、魔物を解き放つことまで些細に指示したのかは不明だが、コルト殿下に何かしらの罪を被せるように仕向けていた黒幕が、マリクス殿下もしくは、マリクス殿下を国王に担ぎ上げたい者であるのは間違いない」
難しい顔で答えたベイルに、シャルロットだけがきょとんとした顔で目を瞬いている。
「……ええと、つまりどういうことですか?」
「話を聞いていなかったのか?」
ジャック先生が呆れた様子で嘆息すると、彼女は泣きそうな顔で私を振り返った。
仕方がないので、簡単に解説してやる。
「つまり、先日に引き続き今回の魔物脱走事件の犯人はミュラーとフランクだった。動機は、私の殺害しその罪をコルト様に被せるため。彼らはそうすることで、第二王子派の有力者から、大神官の座と王室御用達の称号を約束されていた、というのが今回の事件の真相という訳」
それを聞いたシャルロットは、顔を赤らめてわなわなと震え出した。
「何て酷いっ! スカーレット様を害そうとするなんて……!」
「……貴方はその方が都合良いんじゃないの?」
思わず問い返すと、彼女はかっとなった様子で吠えてきた。
「そんな訳ないでしょうっ? 私がどれだけスカーレット様をお慕いしていると思って……!」
「お慕い? 私を?」
私に虐めてくれた迫っていたのは、てっきりコルトと恋仲で、私を合法的に婚約者の座から引き摺り下ろすためなんだと思っていた。
しかしまさか、本気で私に好意を持っていて、その上で私から虐められたいと願っていたと言うのか。
「ええ! スカーレット様は私の憧れそのものですから!」
憧れの存在に虐められたいというのは到底理解できないが、とりあえず彼女が私に対して敵意を抱いていないというのは安心だ。
「だから言っただろう? スカーレットは僕の自慢の婚約者だと」
何故か私の隣に立って誇らしげな顔をするコルト。
ええと、コルトはシャルロットといい仲になっているんじゃなかったの?
意外な彼の態度に驚いていると、こほん、とジャック先生が咳払いした。
「とにかく、こいつらの身柄は王立憲兵団に引き渡し、学園にもしばらくは捜査が入ることになる。お前たち、この件については他言無用だ。混乱を防ぐためにも、不用意に周囲に情報を漏らすなよ」
「わかっています」
私たちがしかと頷くと、丁度そこへ、王立憲兵団の兵士が数名到着した。
ミュラーとフランクが連行され、しばらく事情聴取が続いた私たちがそれぞれ寮に戻ったのは、太陽が完全に沈んだ頃だった。