8.初めての魔物
朝の冷たい空気が肌を刺す。
ヴァイオレットは布団をきゅっと抱きしめながら、名残惜しそうに身体を起こした。
森の奥深くに設置した小屋は周囲を警戒する必要もなく、静かな安息を与えてくれる場所だ。
それでも長居は無用だった。窓の隙間から外を窺うと、何の異常もなさそうだった。
「追手はいないみたい……」
胸をなでおろしながらヴァイオレットはつぶやいた。
しかし、その安堵感はすぐに落胆へと変わる。
そもそも使用人が自分を探しに来るわけでもないし、公爵が自分の不在に気づくのは早くても今日の午後だろう。
それに、使用人などいくらでも補充が利く。
そう思うと、「もっとリラックスして眠れたのに」と自己嫌悪のため息が漏れた。
それでも空腹はやってくる。
少しでも元気を取り戻すために、ヴァイオレットは【創造】を唱え、昨夜と同じスープを湯気が立つ状態で器に注いだ。
次いでアツアツのソーセージと硬い黒パンを創り出し、それらを慣れた手つきで並べる。
贅沢な食卓とは程遠いが、ヴァイオレットには十分だった。
「またこれか……でも贅沢は言えないよね。」
小声で自分を叱りながら食事を済ませると、小屋を【創造】の力で消し去り、森の中を歩き始めた。
目指すはリンドウィッチ公爵領。
まだまだ距離があるが、急がねばならない。
昼過ぎ、静まり返った森の中を慎重に歩いていると、突然足元に違和感を覚えた。
草むらがざわつき、低い唸り声のような音が聞こえてくる。
ヴァイオレットは立ち止まり、音の方向に視線を向けた。
「え……何?」
次の瞬間、茂みの中から黒い塊が飛び出してきた。
「シャドウラット……!」
その名前を口にした瞬間、ヴァイオレットの脳裏にゲームの記憶が蘇る。
シャドウラットは序盤に登場する小型の魔物で、素早い動きと病気を媒介する可能性がある厄介な敵だった。
体長は50センチメートルほどで、通常のネズミよりはるかに大きい。
黒光りする体毛に赤い目がぎらつき、見るからに危険な存在だ。
「こんなに大きいなんて聞いてない……!」
恐怖に身体が竦みそうになるが、逃げれば追いつかれてしまうだろう。
この状況を切り抜けるには戦うしかない。ヴァイオレットは息を整え、周囲を見渡した。
ヴァイオレットはとっさに【創造】を発動し、目の前の地面にネズミ捕りを仕掛けた。
しかし、シャドウラットは突然現れた異物を警戒して近寄ろうとしない。
一瞬動揺したようだが、すぐに赤い目でヴァイオレットを睨み付けた。
「何とかしなきゃ……!」
ヴァイオレットはラットの足元に注意を向け、とっさに「ぬかるみ」を創り出した。
柔らかい泥が一瞬で形成される。
シャドウラットは勢いよく飛びかかろうとして、そのまま泥に足を取られる。
泥水に沈みながらもがく魔物を見て、ヴァイオレットは一瞬だけ安堵する。
「これで終わりじゃない……!」
罠で動きを封じたものの、まだシャドウラットは生きている。
ラットが動きを止めた隙を見計らい、大きな石の塊を創造し、それを頭上に落とす。
鈍い音とともにシャドウラットは動かなくなった。
息を切らせながらも勝利を確信したヴァイオレットは、ようやく緊張を解いた。
初めての実戦だったが、【創造】スキルを応用すれば戦えることがわかった。
ただ、最初に出した罠は警戒されてしまったし、素早い動きには苦労させられた。
次はもっと効率よく戦える方法を考えなくてはならない。
そのとき、身体に異変を感じた。
全身が軽くなり、頭がすっきりする感覚がする。
まるで何かが自分の中で変わったような感覚だった。
レベルアップ通知
名前:ヴァイオレット・グレンダリング
レベル:3→4
HP: 25→28
MP:11→14
STR:10→12
CON:9→11
INT:12→15
DEX:8→10
LUC:7→10
スキル:【創造】
ヴァイオレットはステータスを確認し、成長を実感した。
どうやらSTRやCON、DEXは3上がることはなかったようだ。
苦手分野というやつだろうか。
それでも、自分が確実に強くなっていることがわかり、希望が湧いてくる。
努力が数字になるというのは精神衛生上良い。
「そういえば、魔物には魔石があるんだっけ……」
ヴァイオレットは倒したシャドウラットを見下ろしたが、近づくのをためらった。
病気を持っている可能性や解体方法がわからないことを考えると、触れるのは危険だった。
結局、そのまま放置してその場を後にした。
夜が近づき、再び安全な場所を探していたヴァイオレットは、森の中の少しだけ開けた場所を見つけた。
ここなら新たに小屋を作って一晩過ごせそうだ。彼女は【創造】で物置小屋を作り、休息の準備を整えた。
「まだまだこれからだよね」
小さくつぶやきながら、ヴァイオレットは疲れた身体を横たえた。
未来は不確かだが、着実に一歩ずつ前に進んでいる。
それだけが今の彼女を支えていた。
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