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3.聖杯の儀⭐︎

挿絵はAI生成によるものですので、苦手な方は飛ばしてご覧ください。

「今年、聖杯の儀を受けるのは誰だっけね。」


洗濯場の石畳に膝をつき、桶に詰まったシーツをすすぎながら、通いの使用人たちの話が耳に入る。


「ああ、もうそんな時期かね。確か、去年はあんたんとこの隣の鍛冶屋の息子が受けたんだっけ?」

「そうそう、坊は【筋力微増】だったとかで、そりゃあもう大喜びだったわね。鍛冶に役立つって。」

「あたしたちが得るスキルなんて大したものじゃないけど、ないよりはマシってところだね。」


桶に手を突っ込むふりをしながら、私は耳をそばだてる。

どうやら「聖杯の儀」というのは、この世界の人々にとって特別な意味を持つものらしい。


「あたしの時は、ちょうど10年前だったかねえ。公爵さまのお屋敷のすぐそばにある教会に行くってんで緊張したもんだ。」

「聖杯に触っただけで光が飛び込んできたような感じがして、あれは驚いたね。」


教会に聖杯がある――しかも場所はどうやらこの屋敷の敷地内のようだ。

この情報は見逃せない。

さらに、儀式というのだから何か特殊な手順が必要なのかと思ったが、聖杯に触れるだけでスキルが得られるらしい。


この世界で「スキル」というのがどれだけの効果を発揮するのかは知らないが、ヴァイオレットの記憶から察するに、持っているか否かで生きやすさが大きく変わるようだ。


「今年はあのヴァイオレットも受けるんだとか」

「あいつは娼館に売られるんじゃなかったのかい?」

「あたしゃ構やしないが、洗濯の量が増えるのはごめんだね」


何やら不穏な噂も聞こえてきた……。

会話は次第に別の話題に移り変わったので、私は洗濯物を干すため立ち上がった。

心の中で密かに決意を固める。

教会に忍び込んで聖杯の儀を受ける。

この身で、スキルを得るのだ。


夜、屋敷の静寂が訪れる頃。

私は忍び足で寝床を抜け出した。

薄汚れたスカートの裾をたくし上げ、冷え切った廊下を歩く。

足元に注意しながら、物音を立てないように慎重に進んだ。目指すのは、教会だ。


使用人のエリアから抜け出すのは簡単ではない。

いくつも扉があり、見回りが通りかかる可能性もある。

だが、ヴァイオレットの身体は身軽なもので、記憶に残る屋敷の構造を頼りに進むうち、庭の生け垣を越え、冷たい夜風の中に飛び出した。

黒パン一つでこんなに動くとは、もしかしたら前世の身体よりも燃費が良いのかもしれない。


教会は屋敷の裏手にある。

裏手と言っても敷地が広いので700mほど歩かねばならない。

敷地の中で儀式や祈りができるというステータスのために建てられたようだが、今はそれがありがたい。


教会はひっそりと闇に溶け込んでいた。

絢爛豪華な大聖堂をイメージしていたが、思ったより簡素な建物だった。

扉の前に立つ。

扉は木で、鍵が掛かっている。

とはいえ複雑な仕組みではなさそうだ。


窓から中を覗くと、薄暗い室内にぼんやりと光る何かが見えた。

聖杯に違いない。

金属の鈍い輝きが、夜の闇に吸い込まれるように美しく輝いている。


(これで確信した)


鍵はピッキングすれば何とかなるだろう。

だが、今夜はここまでにしておこう。

下手に音を立ててしまえば、誰かに気づかれる可能性がある。

屋敷を追い出されるどころか、罰せられるかもしれない。


私は慎重に教会から離れ、屋敷に戻った。



翌日、いつも通りの過酷な仕事をこなしつつ、再び夜が訪れるのを待った。

時間が過ぎるのを待つ間、どうしても気持ちが落ち着かなくて、洗ったばかりの洗濯物を地面に落としたり、廊下に水をぶちまけたりとミスを連発してしまった。

ピッキングなどやったこともない。それでも、これが私にとって唯一のチャンスだ。


夜が深まると、再び教会へ向かった。

今回は用意しておいた何本かの針金を握りしめ、震える手で鍵穴に差し込む。

幸い、簡単な構造の鍵だったおかげで、3分ほど試行錯誤しているうちにカチリと音を立てて開いた。


扉を押し開け、教会の中へ忍び込む。

冷たい石畳の床が足元に触れるたび、心臓が高鳴った。


聖杯はそこにあった。


光に包まれた金属のゴブレット。

近づくたびに、心の奥底に響くような不思議な感覚が広がる。


私は聖杯の縁にそっと手を伸ばした。


触れた瞬間、眩い光が視界を埋め尽くし、頭の中で何かが弾けたような衝撃が走る。


「っ!」


身体中が熱くなり、まるで雷に打たれたかのような感覚に襲われた。

それは痛みというより、全身にエネルギーが流れ込むような感覚だった。


目を開けると、光は消えていた。

聖杯は変わらぬ姿で佇んでいる。


「これで……スキルを得られたんだよね?」


胸に手を当て、ステータス画面を開く。

最下段に、新たな項目が表示されている。


名前:ヴァイオレット・グレンダリング

職業:使用人

レベル:1

HP:20 / 20

MP:5 / 5

STR:5

CON:4

INT:6

DEX:3

LUC:1

スキル:【創造】


簡単な使い方のイメージも湧き上がってきた。親切仕様だ。

【創造】は、何かを生み出せる能力で、熟練度により範囲と精度が向上するらしい。

ヴァイオレットの人生を大きく変えるスキルだ。


「やった……!」


だが、喜ぶ間のもつかの間、すぐに教会を後にした。

余計な痕跡を残さないよう慎重に扉を閉め、鍵をかけてから再び屋敷の中へ戻る。


自分の寝床に潜り込んだ時には、すでに空が薄明るくなりかけていた。


疲れ果てた身体を横たえながらも、胸の奥にわき上がるのは達成感と、これからの未来へのささやかな希望だった。


挿絵(By みてみん)




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