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1.目覚め

よろしくお願いいたします。

⭐︎は挿絵入りです。

穴倉のような部屋でヴァイオレットが目を覚ました時、真っ先に覚えたのは飢えと寒さだった。

粗末な布掛けに割れた爪。

私の手はこんなに荒れていない。


――「私」って誰?


ふと、記憶を辿る。

「私」は、東京タワーがよく見えるのが売りのマンションに住む勤め人で、「美咲」という名前。

金融機関に勤めており、昨日も地方出張から帰ったばかりだった。

そのまま夕刻の会議に出頭する予定であったが、フライトの遅延により遅刻する羽目になったのを、3つ上の先輩に「責任感と他人への配慮の無さが招いた結果」と詰られ、脳内で八つ裂きにしていた。


そんなことで鬱憤が晴れるわけがなかった。


トレーニングルームでの日課は終えたが、いつまでもラウンジに居るわけにはいかない。

冷蔵庫には水しかない。2年前に別れた彼を誘っても返信がない。

女友達は第二陣が立て続けに結婚して疎遠になりつつある。


そう、よく覚えていた。


育休中の同期が、0歳なのに容姿に恵まれているとわかる赤ちゃんを会社に連れてきて、周りから誉めそやされていたこと。

生理用品がポーチからはみ出たのを同期の男性に見とがめられ、「そんなものを見せるな」と穢れのように扱われたこと。

一部の人間に愛嬌と取られる私の態度が、別の人間からはヘラヘラした世間知らずに映り、世の厳しさを「教えて」やろうと嗜虐心を煽るらしいこと。

婚活を頑張ってはいたものの、心の底では結婚したいと思い切れず、35歳を過ぎたら実家の名古屋に帰ろうと思っていたこと。


許されたくて、もう頑張りたくないこと。


言われるがまま勉強して、偏差値だけで学校を決めた。

幸い進学先でも勉強はできる方だったが、趣味もなく、これといって仲の良い友達もいなかった。

就活では運良く給与水準の高い会社に女性総合職として就職できたが、特にやりたい仕事ではなかった。

自立した人生は誇りだった。


誇りは私の鎧のようなものだった。

鎧は佇んでいても、その中の私は蹲っていたのかもしれない。


楽しいこともあった。毎日充実してもいた。

ゆえに自殺した覚えはないが、なぜここで目覚めたのか。


流行りの異世界転生というものか。自分には縁がないと思っていた。

理由はわからないが、この身体で生きていくしかなさそうだ。

やせ細り、服もぼろぼろで、見たところ財産もない。

「頑張ら」なくては生きて行けそうにない。


また頑張らなくてはいけないのか。


嫌気がさした瞬間、この身体の人物「ヴァイオレット」の記憶がよみがえってきた。


グレンダリング公爵の庶子であるが、苛烈な性格で知られる公爵夫人に知られないため、下女が産み捨てた孤児とされ、洗濯女のマギー(誕生日の近い子どもがいて乳が出たようだ)に育てられたこと。

マギーは世話代欲しさに育ての親を引き受けただけで、熱を出しても放置され、ろくに世話をされた記憶はない。

乳離れしてからは一日二食鳥の餌のような食事が与えられるだけで、着るものもほかの使用人と比べてもひときわぼろい。

休みがないどころか、給金をもらったことすらない。

マギーは自分の仕事を私に押し付けて、暖がとれる厨房周りの雑務にありついていた。


グレンダリング公爵邸は部屋が100以上もあるが、すべての部屋に暖炉を備え付けるわけにもいかず、冬の間使用人のエリアは極寒であった。

下男下女が凍死することはちらほらある。


ヴァイオレットの仕事は洗濯であったはずが、ヒエラルキーの低さゆえか、洗濯が終わってもゴミ捨てや床磨きを命じられ、暇な時間は一切なかった。

それから、使用人のエリア以外への立ち入りを禁じられていた。

下級使用人は基本的に主人と顔を合わせることはないが、ヴァイオレットは特に厳しく言いつけられていたようだ。


グレンダリング公爵家という名前を聞いた瞬間、ゾクリとした。


(……ちょっと待って、「グレンダリング公爵家」?それに「ヴァイオレット」って、もしかして……?)


美咲が以前、部下を持たなかった頃。

今より少しは暇だったので、乙女ゲームをプレイしたことがあった。


タイトルは、「トワイライトの瞳」。


乙女ゲームにしては洒落たタイトルだと思って購入したが、中身は王道の乙女ゲームでしかなかった。

主人公はラベンダー・ハートンという、薄紫の瞳にピンクの髪の少女。

タイトルの「トワイライトの瞳」とは彼女の薄紫の瞳を指したものだろうか。

ウィンスローン王国では、スキルを得るために国民全員が14歳で「聖杯の儀」を受ける義務と権利がある。

王立学園の入学選抜も兼ねており、優秀なスキルを持った人間は一定数、16歳から学園に通うことが許される。

ラベンダーは子爵令嬢だが、聖杯の儀で【癒し】というレアスキルを発現したことから「聖女」として注目され、学園で5人の令息と関係を深める。


その際にお邪魔虫として出現するのがヴァイオレットだった。


ヴァイオレットは聖杯の儀で【創造】というレアスキルを得たことで、公爵家に引き取られて公爵令嬢になる。

しかし、父である公爵はヴァイオレットに関心がなく、公爵夫人には苛め抜かれ、異母弟のティリアンにも軽蔑され、性格がねじ曲がってしまう。

そして、ヒロインのラベンダーに度々嫌がらせをしていたためか、物語終盤で処刑されてしまう。

表向きはウィンスローン王国に多数の外国人工作員を招き入れ、技術や富の流出、治安の悪化を招いたとされるが、邪魔者に罪を擦り付けたといった所だろう。


過去のヴァイオレットがこんなにひどい生活をしているとは思いもよらなかったが、聖杯の儀で目立てばシナリオ通り公爵家に引き取られ、いじめ抜かれることだろう。そのような事態はまっぴらごめんだ。


怒りからか少しは生き抜く気概が湧いてきた。

聖杯の儀まではあと一か月しかない。

どうにかしてこの劣悪な環境から逃げ出し、「自立」して「自由」を満喫してやる。

そのためには聖杯の儀を受けずにスキルを得る方法を考えなければ。


お読みいただきありがとうございます!

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