白雪姫
わたしはいつも、鏡を探している。
小学生の時の話だ。わたしは、あるクラスメイトの男子を放課後に呼び出して、鏡の真似事をさせていた。
「鏡よ鏡。クラスで一番カワイイのはだーれ?」
「雪ちゃん!」
掃除が終わった後、皆が帰っていく中で、二週間に一回くらいの頻度だったと思う。
「鏡よ鏡。学校で一番カワイイのはだーれ?」
「雪ちゃん!」
鏡は真実を映し出す。それは、童話でも現実でも変わらない。そう思っているのも変わらない。
「鏡よ鏡。この世界で一番カワイイのはだーれ?」
「雪ちゃん!」
目の前にいる男の子は、いつも変わらない答えを返してくれた。恥ずかしげもなく、楽しげに。
「そう。わたしが一番カワイイの! じゃあ、ソーシくん帰っていいよ」
「うん!」
わたしは、その子の答えに満足すると、決まってその子を返した。漢字は覚えていないけど、そう、ソーシくんというのだった。
そして、ソーシくんは教室をさっさと出て行ってしまうので、わたしも気にせずにスマホを取り出して、カメラアプリを起動する。
パシャ、と小さなシャッター音が鳴って、わたしが画面に切り取られたら、加工して、それをSNSにあげる。
そんな事を、ずっと繰り返していた。
理由は単純で、わたしがカワイイからだ。
わたしは自分の事をカワイイと思ってる。今となっては、世界で一番とは思っていない。思い上がらない。だけど、世界で一番でありたいと思っている。
だからこそ、わたしは鏡を探している。探し続けている。
お気に入りの鏡を無くしてしまったから。
お気に入りの鏡が見つからないから。
キッカケは単純で、わたしが転校したからだ。
転校した先で、わたしは鏡を見つけられなかった。馴染んでいないからというのもあるし、その頃にはもう、周りの皆がそんな頼み事を真面目に受け取る年代じゃなくなっていたせいでもある。
不恰好な鏡ならあった。曇った鏡だってあった。だけど、わたしには真実を映し出す鏡しか認められなかった。
曖昧なモノを映し出す鏡など要らない。他人を映し出す鏡など論外だ。映すなら、わたしだけを映して欲しい。
それが、高望みだと思った事は一度もなかった。
だって、お気に入りの鏡は、実在していたのだから。
スマホの画面を眺める。そこに映し出されている数字は、わたしを映す鏡の数だ。
でも、一枚たりとも、わたしを満足させてはくれない。わたしは、顔も、首も、胸元も、腕も、手も、腹部も、腰も、足も、何もかもが、カワイイのに。
全てを見ないとわからない。そんな答えを返すくだらない鏡は、こっちの方から願い下げだ。
……でも、もしかしたら、鏡だけが悪いのではないかもしれない。
そうだ。きっと、他にも原因があるはずだ。わたしはそれに、心当たりもある。
スマホをひっくり返して、レンズと向き合う。
わたしは自分に自信がある。誰もが世界一カワイイとは言わないまでも、もっと多くの人が、世界一カワイイと言ってくれる存在であるはずだ。
だから、たった一つの怠慢があった。
それは、撮影技術だ。
画角や加工技術は勉強した。だけどもっと、撮るという事に対して、勉強できる事があるんじゃないだろうか。
わたしのありのままが、画面越しでも伝わる様な、そんな技術を身に付けたい。
確か、とバッグからファイルを取り出す。中には部活勧誘のチラシが何枚か入っていて、その内の一枚を机の上に広げた。
写真部。写真を撮る部活だ。
今まで、部活というのは避けてきた。わたしは自分の事で忙しかったし、部活をしている様な人たちは、鏡として歪んでいる様な気がしたから。
だけど、それだって、思い込みだった可能性もある。高校一年生になった今、考えを変えるには良い機会かもしれない。
立ち上がって、窓に近づく。
窓ガラスに薄く映ったわたしの姿は、儚くてカワイイ。だけど、真実には程遠い。
わたしはいつも、鏡を探している。
だけどもそれは、ずっとずっと、遠くにある気がした。