早く死んでと言える日まで
昨日下の娘の会話の中におじさんが、と出てきた。どこのおじさん?と聞くとおばあちゃんがいる家のおじさんと言う。
それは2年ほど一緒に暮らした私の実家の兄のことだ。そうかな?とは思ったけど‥
その家を後にした時もう既に3ヶ月はまともに顔を見れない状態にあった。私だけが母親と関われなくなっていた。(なので私抜きの謎な家族団欒が階下では存在していた。)
私は子供達が階段を降りてしまうと二階でひとり私漫画を読んだり時折市役所のひとり親支援の職員に話を聞いてもらっていた。この謎な1人時間を有効に使うことで息が苦しい実家での暮らしを乗り切ったと言える‥
小さいから市役所の様などを足すときに次女は留守番が多かった。実家の人間にもだいぶ懐いただろう。
今3人でアパートで暮らす。私がここに着いた当初
実家の人の話はしないでっ!と泣いた。
だからそれから子供に気を遣わせた形で話題には上りづらい。
私は2回離婚しており2度目の離婚では娘を2人授かった。その後に別居になるのだが取り乱していた私は幼い頃から何度も家出を繰り返した実家に身を寄せた。
大人になった親にもなった人が親と暮らすこと自体まあまあ不自然ななことだと思う。(もちろんそれでうまく行く親子もいるから)そんなのうまくいきっこ無い、それが普通と今は自分の肩を叩く。
そして不思議なことに2度離婚して子連れで子供部屋に舞い戻ってやっとその時からわたしの自立訓練は始まった。
ありがとうございます。続きます。