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第七十四話 シアンのこと

 勢いよく開いた扉の先には、シアンが立っていた。


「イレーナおねーちゃんだけズルいー!」

「お風呂に入ってたから、尻尾を乾かしていたんだ」


「ボクも!」

「シアンもお風呂に入ってたの?」


「うんっ!いまお風呂から出てきた!」

「分かったよ。乾かしてあげるね?」

「ほんとにっ!?」


 元気よく返事をするシアンは、ぱたぱたと駆け寄ってくる。


「じゃあ、交代しましょうか。髪の毛もまだ濡れているので乾かしますね」

「あ、ケモミミ…」


「信希は暴走している前科があるので、尻尾をお願いします」


 く、くぅ…あの時冷静を保っていられたら…。

 オレはこれまでに、イレーナのケモミミだけを触らせてもらっている…。あれは至福の時間だった…、じゃなくて! まぁ、あの時冷静でいられるはずなんてなかったな…。


「わ、わかりました…。さぁ、シアン。ここに座って?」

「うんっ」


 シアンが勢いよくベッドに、ぼすっと座る。

 オレはイレーナの尻尾を拭いていた時とは別のタオルを準備して、シアンの尻尾を乾かしていく。


「ブラシはー…、変えた方がよさそうだな」

「ブラシに種類なんてあるんですか?」


「そうだね。イレーナの毛並みは細目に長毛で毛量多めだけど、シアンは太目に長毛で毛量少なめ。同じブラシでもいいんだけど、ちゃんと分けた方が気持ちよさ倍増ですぞ」

「な、なるほど…」


「じゃあシアン冷たかったり熱かったり、痛かったりくすぐったかったりしたら言ってね?」

「うんっ」


 毛並みが違うと言っても、やること自体はそこまで変わるわけではない。

 丁寧に、痛くないように、寒くなって風邪をひかないように、ブラシで毛を引っ張らないように、イレーナの時と同じように集中してシアンの愛らしい尻尾をお手入れしていく。


「どう?変なところはない?」

「だいじょうぶ…」


「…?」


 シアンの様子が少しだけおかしいような気がした。いつもの元気よくはきはきとした喋り方ではなかったから…。

 イレーナと顔を見合わせるが、彼女もシアンの異変には気づいてはいるものの『違和感』の正体は分かっていないみたいだった。


 イレーナの尻尾の毛並みとは違い乾きやすく、ブラッシングもしやすいシアンの尻尾だが、これはこれで良いものだ。ケモミミ同様に、それぞれの尻尾にも魅力がある。


 尻尾を乾かし始めてから、すっかり大人しくなってしまったシアンだったが、ここで少しだけ動きがあった。尻尾は動いていないが、彼女の体が動いた。


「シアンさん?どうしましたか?」

「……」


「…?」


 タオルで頭とケモミミを乾かしていたイレーナに抱き着いているみたいだった。

 オレを見つめて、イレーナがあたふたしているのは少しだけ面白かったが、これまでのシアンであればこういった行動をしないと思い込んでいたので、動揺してしまうのも無理はないだろう。


「シアン?嫌だったりする?」

「……」


 声に出して返事こそしないものの、頭を左右にふるふると振っているので、乾かしているのが嫌なわけではないみたいだった。

 困惑してしまうが、尻尾のお手入れはもう少しで終わりそうなのでこのまま続けることにした。イレーナの方が終わっているかは分からないが、抱き着くシアンの頭を優しくなでていた。

 何とも羨ましいが、尻尾のお手入れも中々に貴重な体験だろうから、今はこちらに集中していく──。


「さ。終わったよ」

「シアンさん?もう大丈夫ですか?」


「…今日は一緒に寝る…」

「ここで寝る?イレーナと一緒がいい?」


「ここで…三人がいい…」

「ああ。分かった。じゃあ寝る支度をしよっか」


 やはりどこか様子のおかしいシアンに、どうやって接したらいいのか分からなくなってしまいそうになる。

 再びイレーナと顔を見合わせて、眠るための支度をすることにした。


 ──。


 そもそも、お風呂の後は寝るだけだったので、特にやりたいこともなかった。

 ダイニングで寛いでいた女性陣に、イレーナに加えシアンと寝ることを告げると「先を越されたか」と言っている人物もいたが、シアンの状況を説明すると「すぐに行ってやれ」と怒られてしまった。

 もちろんオレもシアンの事が心配なので、二人が待っている自分の部屋へと向かった。


「じゃあ、明かりを消すよ?」

「はい」


 いつもとは違った状況に少しだけ緊張してしまうが、それ以上にシアンの事が気になって、果たして本当に眠れるのか不安になる。

 自室のベッドには多くの掛け布団を用意しているので、別々に眠ることもできるが、シアンはイレーナから離れる様子は無かったみたいだ。


「シアン…?何かあったの?」

「……」


 困ったな…。返事もできないくらいに嫌なことがあったのだろうか。

 オレは彼女たちとは別の布団を用意して、できるだけシアンの近くに寄り添うことにした。


 ここまで元気のなくなってしまったシアンを見るのは初めてだった。

 だからと言って、好意を寄せてくれている彼女を放置なんてすることはできない。ただ近くに居れば良いわけではないくらいは理解できる。

 本人からの了承を得ているわけではないけど、オレは出来る限り優しくシアンの頭を撫でていた。


「言いたくないなら言わなくてもいいよ。オレがずっと近くに居るから、安心して眠っていいよ」

「ワタシもいますからね」


 イレーナはそう言いつつ、シアンの事を抱きしめていた。

 二人でシアンの事を元気づけるように、自分たちのできることを彼女にしてあげることにした。

 短い期間だけど、オレたちはずっとここまで旅してきたんだ。そのくらいの信頼関係は築けているはずだ。


 シアンがこれまでに、自分の事をあまり話さなかったのはこうしたことが原因なのかもしれない。

 いつも元気な女の子くらいに思っていたが、彼女もあの出会った町にたどり着くまでに色々な経験をしているはずなのに、どうして気付いてあげることが出来なかったのだろう。

 そう考えると、無性に自分自身に腹が立つ。


 薄暗い部屋では、彼女の頭を視界にとらえるのが難しくて、自分の手に時々ケモミミが触れてしまうが、今のオレに醜穢な気持ちはなく、ただシアンの側に居てあげたいという気持ちだけが込み上げていた。


「大丈夫だよ」


 オレが時々、シアンが求めていると思った言葉を呟いていると、シアンが何か小さな声で話そうとしているのが分かった。

 無理に聞き出そうとするのではなく、シアンが自分でオレたちに伝えてくれるのを待つことにした。


「…ボク…」

「ん…」


「……」


 彼女の体は震えているのだろうか、シアンを抱きしめているイレーナが不安そうな顔でオレの方を見つめている。『大丈夫だ』そう告げるようにゆっくりと頷いて見せると、イレーナは再び彼女の事を強く抱きしめていた。


「パパとママが…」

「パパとママ?」


「うん…」


 既に彼女の声が、涙を必死でこらえているのは理解できていた。

 こんな時にどうすれば良いのか、どうしてあげるのが正解か、オレはすぐに答えを出すことが出来ずに、自分の情けなさを突き付けられているような感覚に陥る。


「シアン、わざわざ言う必要なんてない。オレたちが側に居るから、我慢もしなくていい。泣きたいときは泣いてもいいんだよ」

「まさきぃ…」


 彼女はもう限界みたいだった。

 イレーナも状況を察したのか、シアンを抱きしめていた腕を緩めオレの事を見つめ頷いていた。


「おいで。辛いことがあったんだね」

「うぅ…うっ…」


 シアンはすぐにオレにしがみ付いてきて、必死に堪えてきたものが溢れ出すように声を出し泣き始めた…。

 安心できるように、少しでもシアンを落ち着かせられるように、すぐさま抱きしめた。


「大丈夫…大丈夫……」


「ボクはっ…パパとママに……」

「うん……うん…」


「うっ…捨てられだがらぁ……」


 オレは信じられない言葉を耳にしてしまう。

 この世界にも、そういったことで悲しんでいる人がいるんだな…。


「そうか…。さっきので思い出させちゃったね…」

「……」


 イレーナは何も言わず、シアンの苦しそうな声を聞いているみたいだった。だが、優しい彼女がこの状況で、平気でいられるはずがないのをオレは知っている。

 オレは何も言わず、イレーナの頭も撫でる。


「シアン…?オレはずっとシアンの側に居るからね。ちゃんと離さないって約束するよ」

「うん…うん……」


 ツラそうに泣いているシアンに、何度も何度もオレの気持ちを伝える。今のオレに出来ることはこれだけなのかもしれないけど、噓偽りのない真っすぐな気持ちだ。これで少しでも、シアンが安心できるのであれば何万回でも唱えよう。


 ──。


 どのくらいそうしていただろうか…。

 シアンが落ち着くまで、オレは彼女が必要としている言葉を伝えることしかできなかった。


 シアンはひとしきり泣いた後、オレの言葉に嬉しそうに返事をしたあたりで疲れ果てたのか、そのまま眠ってしまった。

 ちゃんと眠っているのを確認できてから、オレはイレーナの事も心配になっていたので、彼女にも声をかける。


「イレーナは大丈夫?」

「はい。ありがとうございます…」


「こんなことが、当たり前にあることを忘れていたよ…」

「そうですね…。ワタシもこの世界の事に詳しいはずなのに、全く気付けませんでした…」


「それは仕方ないよ…。オレもシアンがこんなに強いなんて思わなかった」

「そう…ですね…」


 二人の事を安心させるために集中しすぎていた。

 彼女たちが落ち着いたと思ったら、急に現実世界に引き戻されるような感覚に襲われて、味わったことのない疲労が全身に伝っていくようだった。


 そのまま意識がなくなるまで、シアンの事を抱きしめていた。


 ──。


いつもありがとうございます!

少しだけ更新時間遅くなりました。


頑張って原稿進めます。

これからもよろしくお願いいたします。

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