第七十三話 もふもふしっぽ
寝巻に着替えて、二人でオレの部屋でベットに腰掛けていた。
「タオルオーケー。ブラシオーケー。ドライヤーの魔法もオーケー。ある程度乾いたとき用の予備タオルもオーケー。トリートメントとかは流石に準備できていない…なんてことだ。ちなみにドライヤーの魔法は温風は人肌温度なので安心してほしい!普通のドライヤーよりも温度は低めなのです」
「ま、信希そんなにはりきらなくても…」
「何を言うんだ!オレにとってはとても大切なことだぞ!」
「そ、その…」
「ん??」
「耳を触った時みたいにしないでくださいね…?」
「もちろんだ。今回はちゃんとイレーナに確認しながらするから安心して」
「では、お願いします…」
「痛かったりしたらすぐに言ってね」
ベッドに腰掛けているイレーナの背後にまわり、一度タオルで拭いたくらいのまだまだ濡れているという言葉が似合う尻尾を乾かしていく。
「すこしくすぐったいです…」
「嫌な感じ?」
「だ、大丈夫です…」
こういう動物の毛を乾かす時にはコツがある。
犬を飼っている友人に聞いたことがある程度だが、まずは沢山濡れてしまっている毛の全体をタオルで拭き取っていく。
どのくらいまで乾かすかは慣れが必要みたいだが、タオルがこれ以上吸い取れないくらいを目安にするといいらしい。
あくまでも毛全体の乾燥が、次の段階に進める程度を目標にするといいでしょう。拭いている時に、水分が取れている感覚がある時はタオルだけで拭くのがオススメだそうです。
次はドライヤーを使った乾燥に移っていきます。タオルを交換するタイミングはここでオーケー。最初は冷風で水分を浮き出させて、タオルに吸わせるのがオススメです。相手の様子や状況を見て、冷風が良いか温風が良いか確認するようにしましょう。
「風は冷たくない?温かい風の方がいい?」
「冷たくても大丈夫です…」
ここでどれだけ入念に、タオルとドライヤー併用の乾燥を実行できるかで後々楽になってきます。出来るだけ生え際まで乾燥できるようにしてあげましょう。
「信希…」
「ん?痛い?」
「上手すぎませんか…?」
「本当?なら良かった」
そして、ここでもコツがあります。『もう水分は取れたかな?』と思っていても、かなりの水分が残ってしまっている場合がほとんどです。その対処法としまして、このタイミングでブラッシングを数回入れることで一気に水分を取ることが出来ます。
ドライヤーを掛けながらブラッシングをして、その後にタオルで水分を拭き取りましょう。もちろんのことと忘れてしまいそうになりますが、水分を含んでいる毛にブラッシングする時は、いつも以上に注意してブラッシングしましょう。絡んでしまっているところは丁寧にブラッシングをするか、ちゃんとほぐしてからブラッシングしましょう。
「くすぐったいのは平気?」
「少しだけ…」
ドライヤーとブラッシングで水分が出てこなくなった辺りから、温風とブラッシングに切り替えていきましょう。
この時注意することがありまして、お相手が皮膚病などで乾燥肌だったりすると高温のドライヤーを当てられることで、痒みの原因になってしまうことがあります。なので、温風を当てる際も、温度に応じてドライヤーの距離で体感温度を調整してあげましょう。自分の肌に当たっている風が、少しだけ温かく感じる程度が良いでしょう。
温かい風を毛に当てている時には、一点に集中させないように注意しましょう。すぐに高温になってしまいますので、少しだけ温まるくらいを意識すると良い感じです。
「嫌じゃない?」
「とても気持ちいいです…」
「本当?変なところはない?」
「ありません」
徐々に水分が抜けていき、イレーナの綺麗な毛並みの尻尾がふわふわになってくる。
「イレーナの尻尾はふわふわで綺麗だね」
「そうですか…?」
「うん。とっても魅力的だ」
日頃から手入れされているのが良くわかる。
ぱっと見では分からないことでも、ちゃんとブラッシングすると手入れ度合いはすぐに分かる。特に長毛種の場合だと、それが顕著で手入れをしている分だけ綺麗な毛並みになっていく。これは短毛種にはない魅力の一つだな。
「他に気になるところとかない?」
「て、手持ち無沙汰…」
「え?なに?」
「少しとめてもらってもいいですか?」
「あ、ああ」
イレーナが何か言いたそうだったので、一度ブラッシングを止める。
「やっぱり嫌だったりするの?」
「違いますっ」
そう言いつつ立ち上がったイレーナは、オレの方へ振り向いてベッドに上がってくる。
そして、すぐ目の前に座るのか腰を下ろして…。
「イレーナ…?」
「乾かしている間、こうしてます…」
胡坐をかいていたオレの足の上に足を広げて、イレーナがちょんと座ってくる。
「あ、あのぉー…」
「嫌ですか…?」
「集中できない…かも」
「これはワタシのお礼です」
そのまま抱きしめてくるので、オレはさらに動揺してしまう。
「乾かしてくれないんですか…?」
「や、やります…」
どうやら離れるつもりはないみたいだった。
それに彼女は、オレが嬉しいことを熟知しているみたいだった。
いろいろ密着していてそちらに意識が持っていかれそうになるが、今はイレーナの大切な尻尾をお手入れしてるんだ。そっちに集中して、終わってから堪能させてもらおう…。
体勢的に少しやりづらさはあるものの、お手入れしてふわふわな尻尾に仕上げていく。
「どう?まだ乾いてない感じする?」
「とってもいい感じです…。自分でするよりも早くて気持ちいいです」
「それは良かった」
彼女の声が近くて、お風呂上りの体が火照っているのかとても温かく感じる。
「ふわふわでとっても綺麗だね」
「そうですか?」
「ああ。こんなに良く見て、触っているのは初めてだからね」
「それもそうですね…」
「こんなにも毛が細いと思わなかった。オレの見立てだともう少し太いかと思ってた」
「ワタシにはよくわかりません…」
「あっ…。もしかして、こういうこと聞いたり言ったりするのデリカシーなかったりするのかな?だったらごめん…」
「ふふっ。大丈夫ですよ」
オレの事を抱きしめたまま、喜んでいるのかお手入れした尻尾をふりふりと揺らしている。
「その温かい風が出る魔法具があれば便利そうですね…?」
「確かに…でも、これ作って渡しちゃうと、もうオレがお手入れできなくなっちゃうんだけど…」
「じゃあ毎日は大変でしょうから、何日か置きにお願いします」
「いいの!?」
とんでもなく嬉しいお願いをイレーナが提案してくれる。
「じゃ、じゃあ!準備に少し時間が掛かるかもしれないけど、毛艶がよくなったりいい匂いがしたりする香油みたいなのを作ってみるよ!」
「そんなのがあるんですね?」
「ああ。元居た世界だったら多くの女性がこだわったりしていたな。男でも使ってる人が居たくらいだ」
「少し気になりますね…」
「好きな匂いとかあればリクエストしてくれ!」
「甘い匂いとか好きですね…。柑橘系はちょっぴり好きくらいですけど…」
「わかった。チャレンジしてみる!完成したら教えるよ」
「楽しみにしています」
そんな甘い時間を過ごしていると、オレの部屋の扉が勢いよく開かれた。
──。
いつもお読みいただきありがとうございます。
気が付いたら70話を越えていて、累計文字数も20万字を突破していました。
この物語を投稿しだしてから一カ月ほど経ちまして、長かったような短かったような、そんな感覚で書き進めています。
これからも頑張って更新していきます。
最後まで走り抜けられるように改めて気合入れて行きます!
よろしくお願いいたします。
 




