第六十六話 彼女たちの実力
儀式当日になるだろう今日は、本当にゆっくりすることが出来た。
みんなは思い思いに休憩していたり、自分の部屋で過ごしたりしていた。
ミィズ提案の寛ぐスペースは、話したり休憩したりするのに使っているのでこの空間を作ってから一番多く利用されているのではないだろうか。
少しでも自分の不安を紛らわすために、儀式の事を出来るだけ詳しく聞いておくことにした。イレーナ、ミィズ、ロンドゥナから知っている限りのことを教えてもらい、もしも不測の事態が起こってしまったときにすぐに対処できるようにするためだ。
「とまぁ、こんな感じだろうか。他に分からないところはないか?」
「いや、大丈夫そうだ。主に儀式の役割を果たすのがイレーナの『舞』といわれている踊りだよね?そして、その舞に体力と魔力を使用すると」
「そうだな」
「加えて、イレーナだけの体力と魔力では足りなくなるから、不足分をミィズとロンドゥナが祈りを捧げながらイレーナを支えると…」
「その通りだ」
「イレーナは本当に大丈夫なの…?」
「任せてください。弱気になっていたら一族の笑いものになってしまいますから。一人で旅に出る時には既に舞を通して踊れるくらいではないと外の世界に出ることすらできませんから」
「そう…」
踊るのは確かに体力を使うだろう…。でも、魔力を使うっていうのは難しい感覚だと思った。
それに、不足分をミィズ達が送るようだが…オレも手伝ったりできるんだろうか…。
「オレにも手伝えたりするのかな?」
「ん-…信希の力は強力すぎるからな…?逆に送りすぎても問題がある。イレーナ自身がコントロールするから、そこに関しては私たちのほうが慣れていると思う」
「そうか…」
「心配なのは分かるが、パートナーの事も信じてやったらどうだ?」
「…そうだな。オレも男だ、不測の事態が起きない限り手を出さないよ」
「心配してくれるは素直に嬉しいです。信希、ありがとうございます」
「ああ。頑張ってくれイレーナ」
──。
そうして夕方になり着々と儀式の準備が整っていった。
流石に馬車の中ではダメだということなので、馬車の外へ出て必要なスペースが確保されたところへ全員で向かっていく。
そうは言ったものの、イレーナ、ミィズ、ロンドゥナ以外に役目は無く見ていることしかできないのだが…。
ミィズとロンドゥナは既に準備を済ませていて、いつもとは違った装いで装束なのだろうか?少しだけ豪華さを感じさせる服装へ着替えていた。
周囲がすっかり暗くなり、満月の明かりが木々の間から差し込み、夜であるにもかかわらず不安を感じさせるような雰囲気はない。
馬車の方から鈴の音だろうか、聞きなれない音が鳴り始めた。
音のする方を確認してみると、着替えを済ませてすっかりいつもの雰囲気を感じさせないイレーナがそこには居た。
化粧をしているからだろうか、普段も化粧はしているはずだ。彼女はこの数十分の間に特別なことをしたんだろうか…。
これまでイレーナに感じていた女性らしさや可愛らしさを、全く感じさせないほどに厳かな雰囲気を纏っている彼女を見て、オレは感動してしまった。
「本当に綺麗だな…」
「イレーナおねーちゃん綺麗だね」
「すっごい美人さんなの」
思わず口をついてみんながそう言ってしまうのも仕方がないだろう。
「では、始めましょうか──」
「ああ、集中していいぞ。こちらも万端だ」
「イレーナ、よろしくお願いします。私たちが全力で支えます」
「よろしくお願いします」
彼女たちはそれ以上の言葉は必要ないとばかりに、集中していくようだった。
この中で一番緊張しているのはオレかもしれないな…。
そして、イレーナが踊りだすと同時に、どこからか音楽が聞こえてくるような気がした。
イレーナの着ている装束が、彼女の踊りに合わせてオレの意識を集中させていく。心地よい音楽が、彼女の舞を何倍にも美しいものへと昇華させていくのが分かる。
何がどうなっているのか分からないが、彼女たちが準備している時に仕込んでいたのか、明らかに『そうなるよう』にしているのだけは理解することが出来た。
体力を使うと言っていた理由もすぐに理解することが出来た。あの舞は一朝一夕で身に付くほど簡単なものではないはずだ。素人のオレにも彼女の技量がどれほどのものか分かる。
魔力も使われているというのも納得だ。イレーナの舞に合わせて周囲が徐々に明るくなっているような気がする。地面が明るくなり、彼女を照らしているのではないだろうか。
彼女が大きく手を動かすたびに、全身を使って周囲の空気を切るたびに、束の間の静寂が訪れるたびに、イレーナを照らしている光はその輝きを増し彼女の周囲だけがこの世界から切り離されているのではないだろうかと感じさせられる。
舞が終わったのだろうか、イレーナは止まり祈りを捧げるように地面に跪いていく。
彼女たちが見ているところへ光が集まっていき、とても見ていられない明るさになり思わず目を閉じてしまった。
少しだけ違和感を感じたオレは、眩しさに抵抗するように彼女たちを確認しようとする。
「イレーナッ!」
思わずオレは叫び、彼女のもとに駆け寄っていた。
それほどの距離が離れていたわけではないので、イレーナが倒れてしまう前に支えることに成功する。
「大丈夫か?」
「はい…。信希なら支えてくれると思っていました…」
「喋らなくてもいい。すぐにベッドに運ぶからな」
「大丈夫…ですから、神に…」
腕の中でぐったりとしているイレーナは、あちらを向けと言わんばかりに視線を動かしていた。
オレが確認した先に、彼女をこんなにしたやつらは居た。
三柱…、いや三人と言ってもいいだろう。見た目は普通と言ってもいい人物が立っていた。男が一人…いや二人か?女は一人。一人だけ中性のような雰囲気を感じる。
「あなたたちが神ということで間違いないのか?」
「その通りだ」
「ようやく会えたな」
「話よりも先に、オレの大切な人たちが疲れている。馬車に入ってもらっていいから休ませたいんだけど?」
「もちろんだとも、彼女たちのおかげでしばらくこの世界に居ることが出来る」
やはりというか、オレが想像していた通りに偉そうなヤツらのようだ。
「ミィズとロンドゥナは大丈夫か?」
「こちらは問題ない。イレーナに比べたらかわいいものよ」
「私もだ。消耗はしているが問題があるほどではない」
「わかった。二人とも中に入って休んでくれ。あとはオレに任せてくれてもいい」
「大丈夫だ。一緒に話を聞く必要もある」
「同じく」
そして、オレはイレーナを抱きかかえ馬車の中に急いで入っていく。
本当はイレーナの部屋に寝かせた方がいいんだろうけど、緊急事態とはいえ女性の部屋に無断で入る勇気なんてなくて…、自分の部屋にイレーナを寝かせることにした。
「大丈夫か?」
「心配しないでください…。少し休めば良くなりますから…」
彼女の少し辛そうな表情を見て、オレは自分にできることがないか考える。
本当にもしもの事があったらオレは後悔してしまうだろう。彼女の事をしっかり調べてみることで何か対策出来るかもしれないと思い、鑑定の魔法具で彼女のことを調べてみる。
「魔力と体力の消費による頭痛や眩暈か、オレの時に似ているな」
あの時は結構つらかったからな…。
「イレーナ?少しだけ魔力を送ってみるね」
「…?わかりました…」
オレはイレーナの手を握り、彼女に足りていない魔力を少しずつ送ってみる。
「多すぎたら言ってくれ…」
「はい…とても心地いいです」
先ほどまで冷たかった彼女の手が温かくなっていくのが分かる。
「どうだ?まだ足りなさそう?」
「いえ、とても楽になりました…。ですけど、少し休んだ方がいいかもしれません…」
「そうだな。体力の方までは今のオレじゃ…」
「心配しなくていいですよ。今日はこのまま休ませてください…」
「ああ。あいつらと話が終わったらすぐに来るよ」
「ふふっ。一応、神が相手だということをお忘れなく」
「そうだな。行ってくる」
彼女の手を離すと、これまで必死に耐えていたのか彼女はすぐに目を閉じて眠ってしまった。
──。
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