第五十五話 馬車魔改造計画Ⅲ
時間にしてどのくらいだろう…?一時間くらい経っていただろうか。
みんなは食事の片づけや、各々が寝る支度を整えたりと自由な感じで過ごしていた。
「信希?できましたか?」
「お、イレーナ…ビックリしちゃった」
隣から突然声を掛けられてビックリしてしまった。
いつからそこに居たのだろうか、彼女はオレの描いていた設計図を眺めながら問いかけていた。
「集中していましたからね」
「そうだね…。なんとか形にはなりそうだ、あとは空間を拡張出来れば完成させられそうだよ」
「本当にそんなことが出来るのでしょうか?ワタシも聞いたことありませんけど…」
「ん-。魔法かどうかは分からないけど、オレの使っている『魔法』はイメージの鮮明度で発動できそうなんだけどね?皆には難しいのかな」
「イメージの鮮明度ですか…」
「そうだなぁ…。例えば炎を作るときなんかは、何が燃えているのか?燃焼に必要な物は?火力はどのくらい?そんな感じで論理的に炎を生み出している感じだな」
「それを全部イメージ出来ているんですね…?」
「だね。でも所々曖昧なところもあるだろうから、その分で綺麗に発動できてるとは言えないと思っているけどね」
「なるほど…」
「イレーナが知らないってことは、この世界の人間たちはそういった理屈を全部感覚でやっているってことだろ?オレにはそっちの方がすごいと思うけどな」
「た、たしかに…?でも、信希の言っている方法はとても多くの知識が必要ですよね」
「それもそうだな。イレーナが知っててオレが知らないこともあるから、どっこいどっこいって感じするけどね」
「なるほど…」
「イレーナ?」
彼女は何かを考えているような、少し難しい顔をしてオレの描いていた設計図を眺めていた。
「あの、信希…」
「ん?」
「今度…ゆっくり時間のある時でいいですから、ワタシにも信希の知っている魔法の知識を教えてくれませんか…?」
「…」
正直かなり驚いた。それというのも、イレーナはオレの持っている知識なんて必要ないくらいに色々なことが出来るからだ。
まさかここに来て、もっと色々なことに挑戦しようだなんて、とても考えられなかったから…。いや、こうした感覚を彼女が持っているから豊富な知識を身に付けることが出来ているのかもしれない…。
「ダメですか…?」
「い、いや。驚いただけ。もちろんいいよ、納得できるかどうか…教えるのに慣れてないからその辺は勘弁してね…?」
「なるべく頑張ります」
『ふんすっ』という効果音が聞こえそうな勢いでイレーナは意気込んでいた。
「よし…そろそろ魔法の実験をしてみるか…。上手く発動できればいいけど」
「信希、無理だけはしないでくださいね?」
「ああ、もちろんだ」
オレは水晶に魔法を刻む前にしっかりとしたイメージを構築していく。
空間拡張は異空間収納よりも難しいと思う。異空間収納の魔法具は、発動すると目の前に『その大きさ』の空間が出現していた。
この外から見えている空間を縮小しないといけない。そうすれば実質空間を拡張していることになる。
「外部からの認識範囲を弄ることが出来るかな…。異空間収納は目の前に空間を作り出せたよな、あれで実験してみるか」
オレは異空間収納を魔法として発動した時のことを思い出していた。
あの時に目の前に出現した空間を作り出すイメージを構築していく。発動させる前に、その空間を認識できる大きさが半分ほどになるか実験していく。
「イメージしているよりも小さい空間になったな」
こうもトントン拍子に成功しているとなんだか気持ち悪くなってくる。
見えている限りでは空間は小さくなっているが、問題は中身だ。
「あれ…?なんだかおかしいな」
空間の大きさはイメージした通りの大きさだ。
でも、歪んでいる空間が見えていない範囲でも、空間の中にアクセスすることが出来る…。これではただ見えないようになっているだけで、馬車の中で広い空間を用意することは出来ない。
「この方法はダメだな」
「やっぱり難しいですか?」
「いや、少し考え方を変えてみるよ」
「…?」
イレーナは終始、不思議そうな表情を浮かべてオレの実験を隣で見ていた。
さて他に試せる方法はどんなことがあるだろうか…空間の圧縮…これは空間の中の気圧や空気の問題が起きそうだな?やってみないと分からないから一度試してみるか。
「圧縮と言えば…潰すか、温度差を利用するか…」
いや…、やはりこれは問題があるような気がする。中の空気をそのままにペットボトルなんかを潰すことは出来ないはずだ。出来たとしても生物が生活できる空間にならないだろう。温度差を利用している場合でも中の空気が圧縮されてとても生活できる環境になるとは思えない。
「だったら…他には…」
手詰まりか…?今のオレにはこれ以上の方法を考えることは出来ないような気がしてくる…。
「空間…拡張…圧縮…。難しいな…もう少し何とかなると思ったんだけど…」
「信希?信希はいつも『創造』と言ってましたよね」
「え?ああ、そうだな。天幕やベッドなんかは創造して作っているな」
「なるほど…だったら、馬車の中の空間に、信希の考えている部屋を作ることもできるじゃないですか?」
「…え…」
オレの中に衝撃が走る。
確かにその通りだ。今までは作った空間をどうやって小さくするかばかり考えていた。
今イレーナの言っている方法だったら、そもそも小さい空間の中に大きな空間を想像すればいい話だ。
「た、たしかに…」
「お役に立ちそうですか?」
「わ、わからない。でもやってみる価値はあるかも」
オレは急いで馬車の方へ駆け寄って馬車の中を片付け、馬車内部に大きな空間を創造できるか試していく。
魔法が発動する感覚を感じたので、馬車の入り口を確認してみると確かに空間が歪んでいるのが分かる。
恐る恐る中を覗いてみる。
「信希?どうですか?」
「こ、これは…」
──。




